平安時代前期に成立した「やまと絵」。四季の移ろい、月ごとの行事、花鳥・山水やさまざまな物語などあらゆるものを題材に、唐絵や漢画といった外来美術の理念や技法との交渉を繰り返しながら、独自の発展を遂げてきました。
日本絵巻史上最高傑作として名高い「四大絵巻」をはじめ「神護寺三像」「三大装飾経」など、やまと絵の優品、245件が紹介される空前のやまと絵展が、東京国立博物館で開催中です。
東京国立博物館 平成館 特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」会場入口
ひとくちに「やまと絵」とはいえ、その捉え方は時代によって変化します。展覧会では序章「伝統と革新―やまと絵の変遷―」で、まずは歴史を振り返ります。
中国由来の唐絵、もしくは漢画との対概念で成り立っているやまと絵。現存最古のやまと絵屛風である、神護寺蔵の国宝《山水屛風》は、平安時代のやまと絵の姿を伝える大変貴重な作例です。会場では現存最古の唐絵屛風と並びます。
(左奥)国宝《山水屛風》平安時代・11世紀 京都国立博物館蔵[展示期間:10/11~11/5] / (右手前)国宝《山水屛風》鎌倉時代・13世紀 京都・神護寺蔵[展示期間:10/11~11/5]
展覧会随一の見どころが、続く第1章「やまと絵の成立―平安時代―」。10月11日(水)~22日(日)には四大絵巻が揃って登場します。ここでは2点ご紹介しましょう。
国宝《信貴山縁起絵巻》は、信貴山朝護孫子寺を開いた命蓮の奇跡の数々を描いた説話絵巻です。連続した画面によどみなく物語を展開させており、画中の山水表現は平安時代やまと絵の極致を示すものです。
国宝《信貴山縁起絵巻 飛倉巻》平安時代・12世紀 奈良・朝護孫子寺蔵[展示期間:10/11~11/5]
国宝《鳥獣戯画》はあまりにも有名ですが、意外なことに筆者や主題、制作背景などは明らかになっていません。兎や蛙などの動物たちが擬人化され、いきいきとした姿が的確な描線で描き出されています。
背景の草花や川といった自然描写も、全て墨線のみで描画。当時のやまと絵の描線を考えるうえでも重要な作品です。
国宝《鳥獣戯画 甲巻》平安~鎌倉時代・12~13世紀 京都・高山寺蔵[展示期間:10/11~10/22]
第2章は「やまと絵の新様―鎌倉時代―」。鎌倉時代のやまと絵は、写実の追求と同時に対象の理想化もはかられました。絵巻は高僧伝絵巻、縁起絵巻など描かれる対象も広がります。
国宝《一遍聖絵》は、時宗の祖・一遍の事跡を描いた伝記絵巻です。一遍は全国を遊行しており、一遍が訪れた社寺の様子は宮曼荼羅などの先行図様を参照して詳細に描かれています。
国宝《一遍聖絵 巻第九》法眼円伊筆 鎌倉時代・正安元年(1299) 神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵[展示期間:10/11~10/22、10/24~11/5(場面替え)]
第3章は「やまと絵の成熟―南北朝・室町時代―」。南北朝・室町時代のやまと絵は、水墨画に対抗するかのように、豊かな色彩と金銀加飾による華やかな作品が目立つようになります。画面上で和漢の美が融合し、成熟の時代といえます。
広島・浄土寺蔵の《源氏物語図扇面貼交屛風》は、源氏物語の著名な場面を60面の扇面に描いたものです。順番は物語の順ではなく、春夏秋冬の季節順です。
《源氏物語図扇面貼交屛風》室町時代・16世紀 広島・浄土寺蔵[展示期間:10/11~11/5]
第4章は「宮廷絵所の系譜」。やまと絵を主に描いてきたのは、宮廷絵所の絵師です。日本の中央に仕えていた彼らが、平安時代以来、日本美術における「和」の領域を担ってきたのです。
土佐光茂による重要文化財《當麻寺縁起絵巻 巻上》は、當麻寺の草創および中将姫に関わる逸話を描いた絵巻です。漢画を巧みに取り入れた光茂の特色が見られ、光茂が描いた絵巻の基準作です。
重要文化財《當麻寺縁起絵巻 巻上》土佐光茂筆 室町時代・享禄4年(1531) 奈良・當麻寺蔵[展示期間:10/11~11/5]
最後の終章「やまと絵と四季 ―受け継がれる王朝の美―」では、四季絵の要素を踏まえた作例を紹介。東京国立博物館蔵の重要文化財《日月山水図屛風》は、日輪、月輪を金属板で表現し、桜や柳によって春夏を、薄や刈田、雪によって秋冬を表わしています。
日図と月図は違う会期に展示されますが、実はこの屛風は、そもそも別々に伝来したもの。取り合わされて、四季絵の体裁が整えられたとされています。
重要文化財《日月山水図屛風》(日図屏風)室町時代・16世紀 東京国立博物館蔵[展示期間:10/11~11/5]
四大絵巻が揃ってみられるのは10月11日(水)~22日(日)ですが、国宝《伴大納言絵巻》以外の3作品は他の期間にも出展されます。
また、みどころのひとつである、やまと絵系肖像画の大作「神護寺三像」は10月24日(火)~11月5日(日)、三大装飾経(久能寺経、平家納経、慈光寺経 いずれも国宝)は11月7日(火)~12月3日(日)に集結します。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年10月10日 ]