こんなにたくさんの不思議な形に出会えるとは思っていなかった。およそ180点にも及ぶ陶のオブジェ。京都国立近代美術館で開催中の「開館60周年記念 走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代」展だ。
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美術館外観
会場に入ってまず出会うのがあの有名な「ザムザ氏の散歩」。前衛陶芸家集団「走泥社」創設者のひとり八木一夫の代表的な作品だ。大きさ27センチほどの円環に何本もの小さな腕のようなものがつく不思議な形。カフカの「変身」の主人公ザムザ氏に着想を得た作品で、ある日突然虫へと変身した主人公を焼き物で表現したと言う。
使われている技法はろくろによってできた円環を輪切りにして立て、そこに釉薬をかけで作るという従来からある陶芸技法。しかし形態は私たちの想像をはるかに超える前衛陶芸の象徴的な作品だ。八木はいったいどのような思考を経てこのような形態の作品を生みだしたのだろう。
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八木一夫 「ザムザ氏の散歩」 1954年 京都国立近代美術館
今回の展覧会は1948年に八木一夫や鈴木治、山田光ら5人の陶芸家で作られた「走泥社」の前半期25年の活動を、走泥社の同人31名と彼らに影響を及ぼした20名の作家による作品で振り返る展覧会だ。
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展覧会場
全体で3章からなる今回の展覧会はまず「走泥社」結成前後の動きから入り、第2章「オブジェ陶の誕生とその展開」では伝統的な実用の器物が非実用的な陶芸作品へと変化していく過程が。3章「現代国際陶芸展以降の走泥社」では、1964年の東京オリンピックを記念に開かれた「国際陶芸展」に大きな刺激を受けて走泥社の活動が最も充実した時代の作品が紹介される。
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会場風景(八木一夫の作品)
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会場風景(鈴木治の作品)
オブジェ陶とはそれまでの伝統的な焼き物である茶碗や鉢、花器など口のある実用的な器物の口をふさいだ陶芸作品のことだ。口をふさぐという行為は伝統的な作風で制作をしてきた作家にとっては革命的な出来事だった。
今回の展覧会では走泥社誕生以前の八木一夫の花器も紹介されているが、その6年後には「ザムザ氏の散歩」という極めて前衛的なオブジェを制作している。
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八木一夫(左)白化粧鉄絵壺 (右)白化粧鉄象嵌花生 1948年頃 京都国立近代美術館
八木に伝統的な器物からオブジェ陶へと変化を与えたのは何だったのか。一つは当時日本で紹介されたイサム・ノグチやパブロ・ピカソなどの作品だと言われている。八木は轆轤や釉薬など陶芸の技法にこだわりながら、こうした新しい造形から刺激を受けつつ自らの心象風景を陶によるオブジェで表現しようとしていたのだ。
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八木一夫「小町のギブス」1964年 京都国立近代美術館
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八木一夫「壁体」1964年 京都国立近代美術館
私が今回の展覧会で最も注目した作家のひとり鈴木治。走泥社創設者の一人で、泥象シリーズとも呼ばれる紅で彩色した形態はその存在感と同時に見る者の想像力をかきたてる。中でも馬のシリーズはその抽象化と陶による造形化が見事である。
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鈴木治「馬」 (左)1972年(右)1971年 京都国立近代美術館
実は鈴木治はこうした泥象と呼ばれる作品が生まれる前、その雰囲気が逆の風になびくような軽さを感じさせるオブジェも制作しており、その豊かな創造力に圧倒される。
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鈴木治 (左)「汗馬」(右)「木魂」 1959年 京都国立近代美術館
そのほか山田光の陶でできた壁を様々に見せる「塔」シリーズや、川上力三の「かたりべ」など、最初にどのようなイメージがあってこのような形態ができあがるのか不思議な作品が多く展示されている。
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山田光 「塔」 1964年京都国立近代美術館
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山田光 「塔」 1964年京都府(京都文化博物館管理)
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川上力三「かたりべ」1963年 ギャラリーヒルゲート
こうした作品を見ていて感じるのは土を火で焼いて作る陶芸技法によって生み出される独特の質感や形、色彩を巧みに使っているということだ。木や金属、石などでなく陶でオブジェを作る意味は、陶磁器が持つ独特な持ち味にその力が潜んでいるようにも思った。
今回の展覧会は1948年の走泥社誕生から25年、1973年までの作品だ。実は走泥社はその後1998年まで50年にわたって活動を続けており、今回の展覧会で見ることのできるのは比較的初期の作品ということになる。
前衛陶芸はその後も大きく変貌し、かつて想像もできないほどの広がりを見せ多様化しているが、そこには八木一夫らが作り上げた走泥社のオブジェ陶への想いが強く流れているように思えてならない。
[ 取材・撮影・文:小平信行 / 2023年8月8日 ]
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