20世紀を代表する画家の一人、マルク・シャガール(以下シャガール)は、幻想的な色彩で恋人や花束、動物を描き「愛の画家」として知られます。ファンタジーな画風の裏には、革命と戦禍に翻弄されたユダヤ人としての出自が影響しており、光と陰が奥深い作品を作り出しました。
会場入口
シャガールが版画で挿絵を描いた6つの物語を取り上げ、技法の違いや題材、制作の背景などに注目し魅力に迫ります。
響き合う色の繊細なリトグラフ
色彩の魔術師と称され、そのこだわりは並々ならぬものがありました。目指す色が出ない時は、版画集の出版をとりやめるほど。豊かな色彩と光が展示室内に満ち満ちています。
会場風景 『ダフニスとクロエ』
『ダフニスとクロエ』は捨て子の少年ダフニスと少女クロエの恋物語。シャガール版画の代表作であり、近代版画史の傑作のひとつです。舞台の光あふれるエーゲ海。内側から光を放つ鮮烈な色彩を実現させるため20~25の版を重ねました。
会場風景 『ダフニスとクロエ』エーゲ海を描いた作品
作品を離れて見ていると深い青は夜では?と思ってしまいました。作品に近づくと幾重にも重ねた版にしるされた光が迫ってきます。
『サーカス』もシャガールの代表作。多くの画家もサーカスを題材としました。スポットライトを浴びる裏に潜む悲哀の影は創作意欲を掻き立てるのでしょう。
会場風景 『サーカス』
強烈な光の中に浮かぶ自転車乗り。観客席は青い影に包まれています。闇の中にひしめくように一人一人が描かれ一部の顔は光で照らされています。演じる人だけなく、見る人の光と陰も表現しているのでしょうか?
マルク・シャガール 《自転車乗りたち》(『サーカス』より) 1967年刊
技法による表現の違い
シャガールといえばリトグラフ作品が知られますが、他の技法にも取り組み、版画作品の多様さを探求しました。『ポエム』では珍しく木版を用いています。書きためてきた自身の詩に絵をつけた詩画集を80歳で刊行。集大成のような作品集です。
会場風景『ポエム』
木目を活かした素朴でおおらかな表現が、詩情にマッチしています。描かれた絵だけでは詩集の世界観はわかりません。本展では詩も一緒に展示しています。「絵と言葉」が融合して紡がれる世界を味わえます。
マルク・シャガール 《無題(9)》(『ポエム』より) 1968年刊
『ラ・フォンテーヌ寓話集』の展示室は、モノクロ作品が並びます。この寓話集は古今東西の説話を16世紀にまとめたフランス国民的文学で、銅版画で挿絵を制作しました。
会場風景 『ラ・フォンテーヌ寓話集』
白と黒の世界に緻密に計算されたハイライトが微妙な階調を加えています。作品下部の枝に白く光る点はニスをかけて表現されたハイライトです。版に光をしるし、モノクロ世界に豊かな色彩までも感じさせます。
マルク・シャガール 《からすと狐》(『ラ・フォンテーヌ寓話集』より) 1952年刊
自己と他者の重層性
『悪童たち』は小説家になるまで悩む主人公を描いた小説に挿絵を描きました。シャガール自身も「良い主題」とは何かという悩みを重ねて描いています。初めての多色刷りの銅版画です。
会場風景 『悪童たち』
シャガール版画の魅力は自己と他者の物語の重層性にあると言います。鑑賞者の物語も刷り重ね、版画に新たな光の詩をしるしてみてはいかがでしょうか?
[ 取材・撮影・文:コロコロ / 2023年6月30日 ]
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