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展示風景
一歩会場に踏み入れれば心浮きたつ色、形。大阪府吹田市の万博記念公園内にある国立民族学博物館で「ラテンアメリカの民衆芸術」展が始まりました。同館所蔵作品を中心に、約400点が出品されています。
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展示風景 マトラカとよばれる祭用楽器(ボリビア多民族国)
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儀礼用品 キリスト生誕の情景を描くナシミエントと呼ばれるジオラマ(メキシコ合衆国)
ラテンアメリカでは民衆がつくる洗練された手工芸品を「民衆芸術(スペイン語でアルテ・ポプラル)」とよびます。本展では、民衆芸術という言葉がもつ3つの意味に沿いながら、なぜラテンアメリカの民衆芸術は多様なのかを探っていきます。
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アルマジロの木彫 メキシコ合衆国(個人蔵)
1つ目の意味は、「諸文化の伝統的な造形表現」。ラテンアメリカとは、一般的にはメキシコ以南およびカリブ海の33の独立国と非独立地域を指します。この国、地域の数、面積の広さを考えただけでも、多くの文化が存在しているとわかります。
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展示風景
コロンブスが到来する以前(先コロンブス期)の先住民が作った土器、古布。土器の形や彩色、そして布の繊細さには、今日へと続くラテンアメリカの文化の土台であることを意識させられます。
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ブラジル連邦共和国のアマゾン地域にすむ先住民族たちの仮面
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毛糸絵 メキシコ合衆国 板に毛糸を貼り付けて作られる
またコロンブスの航海以降、ヨーロッパ、アフリカなどから多くの人々が大陸へ渡ってきました。先住民族は新たな人、文化と出会い、デザインや技術面において互いに影響し変容し、それが今日の民衆芸術に伝承されていきます。
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モラ(飾り布) パナマ共和国
モラはパナマの先住民族グナの女性たちがつくる飾り布です。エスニック小物雑貨店などで、クッションカバーや飾り布は見たことはありましたが、ブラウスとして着用されていることは初めて知りました。
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ブラウスにしたモラ
この写真の柄は何だと思いますか? これは選挙ポスターをヒントにして作られています。動物や自然をモチーフにしたものは見たことがありましたが、なんて自由な発想! 生きている芸術という感じがします。
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昆虫の成分や植物の種子を塗った漆器 メキシコ合衆国
そのほか、漆器や絣布やろうけつ染めなど、アジアや日本の影響をうけたものがあるのも見逃せません。
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「紐の文学」とよばれる安価な本の表紙、または挿絵は木版画で描かれていた
2つめの意味、それは「国民の芸術」です。この意味は20世紀前半にメキシコとペルーで開始された芸術振興政策のなかで提唱されました。
国内各地でつくられている手工芸品を民衆芸術と名付け、芸術としての評価を確立しようと美術館・博物館の整備、商業化の支援などにのりだしたのでした。その結果、見ごたえのあるものがどんどん生まれ、民衆芸術という言葉も普及していきました。
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首長人形/ペルー共和国
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木彫(ヤギのナワル)/メキシコ合衆国
今回のメインキャラクターである木彫、ヤギのナワルです。ナワルとは、動物に変身するシャーマンを意味します。ちなみにポスターや図録表紙にある目は、このナワルの目をデザイン化したものです。
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生命の木/メキシコ合衆国
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アルピジェラという1970年代からチリ共和国で作られているパッチワークの壁掛け(大島博光記念館蔵)
20世紀後半ラテンアメリカでは、軍事政権による人権弾圧、政府の機能不全などにより、民主化や人権尊重などを求める社会運動が活発化していきます。人々は、暴力、弾圧に対する批判を民衆芸術に落とし込み、視覚化させます。 「市民による批判の精神の表現」。これが民衆芸術の3つめの意味です。
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刺繍布「トランプの壁」メキシコ合衆国タニベ村(個人蔵)
一見すると「かわいい」刺繍布。メキシコ・オハアカ州のサンフランシスコ・タニベ村の女性グループが作ったものです。写真は、アメリカ合衆国への越境と移住をテーマにした作品の1つです。不法移住するときの難しさ、立ちはだかる壁が描かれています。不法移住という言葉にドキリとしますが、この地方の人にとっては生活のため越境せざるをえない現実を作品から知ることができます。
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ペン画 エディルベルト・ヒメネス・キスぺ作 ペルー共和国
このペン画はコロナ禍でのペルー社会の混乱を描いたもの。そう、まさに現在が表現されています。
展覧会を通じて3つの意味を追ってきましたがなによりも重要なことは、これらの3つの意味をもつ民衆芸術が今も継続中だということ。これからも時代や異文化との交わりによって変わりながら続いていくのです。それはラテンアメリカ文化同様に、日本文化にも当てはまることだと、足元をみつけるきっかけにもなるのでした。
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ミュージアムショップも充実
※作品は一部を除き国立民族学博物館蔵
[ 取材・撮影・文:カワタユカリ / 2023年3月8日 ]
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