写真、文筆、絵画、書などさまざまなメディアで活躍する藤原新也(1944-)。1983年出版の『東京漂流』はベストセラーになり、『メメント・モリ』は若者たちから大きな支持を集めました。
250点以上の写真と言葉で、50年以上にわたる藤原の表現活動の軌跡を俯瞰する展覧会が、世田谷美術館で開催中です。
世田谷美術館「祈り・藤原新也」会場前
展覧会は「祈り」というキーワードに基づいて、現在の視点から藤原自身が改めて厳選・編集した企画。
大きいものでは3mの大画面に引き伸ばされた写真と、本展のために書き下ろされた文章により、会場全体が藤原の世界観に包まれます。
「序章」
藤原新也は東京藝術大学在学中に旅したインドを皮切りに、アジア各地を旅し、写真とエッセイによる書籍を相次いで発表。1983年に出版された単行本『東京漂流』はベストセラーになりました。
同じ1983年に発表されたのが、ラテン語で“死を想え”を意味する『メメント・モリ』。水葬された死者がガンジス川の中洲に打ち上げられ、群がる野犬。「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」という文も含め、大きな注目を集めました。
「Memento Mori」
会場には大きな書も。「大地」は、2011年にインドの聖地バラナシで揮毫したものです。
作品は多くの人に見守られるなか、即興で書いたもの。「警官がわたしを追い払うかと思いきや、逆に交通整理をして書行を見守ってくれた」とのことです。
「Memento Vitae」
会場を進むと、見覚えがある顔がありました。香港で2014年に起きた民主化要求デモ「雨傘運動」のリーダー格だった周庭さんです。
周庭さんは年に一度来日し、その都度、藤原のアトリエを訪ねていました。「彼女はイデオロギーによって動いているのではなく、単純に普通の人として間違ったことを間違っているということを言っているだけなのだということが分かった」といいます。
「香港 雨傘運動」
今、まさに生を終えんとする老人は、明治23年生まれで、99歳で亡くなった藤原の父です。
若き日に包丁一本で尾道、広島、朝鮮半島などを渡り歩き、戦後は門司港に旅館を構えて成功するも、門司港の凋落とともに破産。波瀾万丈の人生を過ごした藤原の父は、臨終の間際に、奇跡のような笑顔を見せました。
「父」
展覧会の最終盤には、NHK「日曜美術館」のロケで故郷を訪れた際に撮りおろした最新作も展示されています。
門司港に生まれた藤原。門司のほか、少年期までの思い出の場所である、空襲を避け疎開した津波敷、結核を患い隔離されていた伯母を見舞った柳井、生家が破産して無一文で一家が流れ着いた湯治場鉄輪の写真が並びます。
「原初の旅」
これまで藤原新也の個展は、写真サロンやギャラリーで数多く開催されてきましたが、公立美術館で大規模に開催されるのは今回が初めてです。
静かな写真の中に満ちた、強烈な生命のエネルギー。展覧会の公式書籍の文章とあわせて見る事で、さらにその世界を強く感じる事ができます。公式書籍はミュージアムショップのほか、ネットでも発売中です(2,700円+税)。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年11月25日 ]