墨による抽象表現を開拓し、多岐にわたる制作を続けてきた篠田桃紅(1913-2021)。昨年107歳で逝去した篠田を追悼し、その創作を紹介する展覧会が菊池寛実記念 智美術館で開催中です。
会場風景
篠田と美術館の創設者である菊池智氏は長く交流があり、篠田桃紅を紹介する展覧会は、2013年、2017年に続き3回目となります。会場では、そんな2人の距離の近さも感じることができる展示になっています。
入口からS字に伸びた台には、篠田が取り組んでいたリトグラフ作品が並びます。墨とは異なる色の表情から、篠田の仕事の多彩な一面がうかがわれます。
会場風景
ザ・トールマン コレクション ギャラリーの監修のもと開催が実現した今回の展覧会。オーナーのノーマン H.トールマンは、1936年生まれ。外交官の職を経た後、1970年代から日本の現代版画の収集をはじめ、現在では日本とN.Y.に拠点を持つギャラリーを運営しています。ギャラリーでは篠田作品も数多く扱い、40年もの交流がありました。
「《Commemoration I , II》」は、篠田がトールマンと妻のために制作した作品です。裏側には2人の銀婚式を祝した言葉が入っています。
(左)「《Commemoration I , II》」 1983年
奥の壁に展示された「いしぶみ」は篠田が100歳の時に制作したもの。言葉に表すのには難しい、時のうつろいや日々に去来するものを描いているとのことです。
会場風景
生涯を通して水墨抽象と共に書を手がけていた篠田。会場の入り口手前にも三好達治の詩句が書かれた作品が飾られています。作品では書に朱泥や銀泥を用い、金銀地の背景と合わせるなど様々な試みを行い、篠田は水墨による独自のスタイルを確立させます。
会場風景
展覧会の副題となっている「夢の浮橋」は、源氏物語の最終巻(第五十四帖)のタイトルでもあり、人生を思い返すにはふさわしいタイトルとして付けられました。篠田が制作した作品にも同タイトルは存在し、会場内に展示されています。
《Yume no Ukihashi / 夢の浮橋》 1990年
会場には、篠田が手がけた菊池智氏が愛用した着物も飾られています。紫とグレーに染め分けられ、“想”、“遊”、“語”の3文字のデザインが施された着物と銀泥で抽象的な線が描かれた帯。菊池の個性を知る篠田があつらえた、雅な雰囲気を漂わせている着物です。
染め付け着物 《想、遊、語》 2000年
館内のロビーと螺旋階段にも篠田の作品は常設されています。一点は、ロビーに展示された《ある女主人の肖像》。もう一点は螺旋階段の壁面に貼られた《いろは歌切れ 真・行・草》です。これは、「いろはにほへと」が書かれた屏風だった作品を改編し、3つの漢字からイメージした形にコラージュしています。
螺旋階段《いろは歌切れ真行草》 2003年
ロビーから会場全体まで篠田桃紅の世界観に浸ることのできる展覧会。オペラシティアートギャラリーで開催された「篠田桃紅展」を楽しんだ方も、新たな作品との出会いがありそうです。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2022年6月17日 ]