浮世絵をベースにしながら明るい色調で美人画を描いたことで人気を博した鏑木清方(1878-1972)。2022年、没後50年の節目となることを記念した大規模な回顧展がはじまりました。
「没後50年 鏑木清方展」会場入口
挿絵画家として身を立てた後、日本画家を目指した清方。本展では、挿絵の作品をのぞいた日本画作品を3章にわたり紹介します。
第1章は「生活をえがく」。若い頃から“庶民の生活”をテーマに作品に取り組んでいた清方は“生活を伴わない風景には興味がない”と言ったほど人の生きざまを描いてきました。それは、美人画の中にも表れ、風景や季節の風物を添えながら人々の生活の喜びを表しています。
(左から)《十一月の雨》 1955年 上原美術館 / 《金沢三題・大磯の風景 山かげ》 1919年 名都美術館 [展示期間:3/18~4/10]
長崎での年中行事であった踏み絵を描いた《ためさるゝ日》。清方の作品には珍しく豪華で濃厚な色合いが特徴です。淡色の控えめな衣装をまとった2人の遊女を描いた右幅と左幅の左右が揃うのは40年ぶりとなりました。
(手前)《ためさるゝ日》 1918年 鎌倉市鏑木清方記念美術館 [展示期間:(右幅)3/18~4/3、(左幅)3/18~4/17]
1930年にローマで開催された日本美術展に出品されたのは、清方が51歳時に描いた《七夕》。画面には短冊が飾られた笹や琴が描かれ、裁縫や技芸の上達、恋愛成就を願う女性たちが登場します。横山大観の《夜桜》とともに日本の四季を欧州に紹介する役割も果たしました。
《七夕》 1929年 大倉集古館 [展示期間:3/18~4/10]
商屋の暮らしを軸に四季折々の移ろいを12幅にまとめた《明治風俗十二ヶ月》は、江戸時代の浮世絵師・勝川春章の作品から着想を得たもの。「四月」は隅田川の花見にはしゃぐ舞妓、「十二月」は夜の雪の中に流行のショールを羽織る女性の姿が描かれています。
《明治風俗十二ヶ月》 1935年 東京国立近代美術館
本展で最も見どころとなるのが、《築地明石町》《新富町》《浜町河岸》の三部作。
中央の作品は、夜会巻に結い上げた髪と黒羽織のいで立ちで物思う女性が描かれた《築地明石町》。1975年にサントリー美術館で開催された「回想の清方 その三」の出品を最後に、所在が分からなくなっていましたが、2019年に発見。44年ぶりに三部作が公開され、話題にもなりました。
生まれた街を描いた《新富町》は、《築地明石町》の3年後に制作されたもの。艶やか着物で橙色の傘を差した新富芸者の姿は《明治風俗十二ヶ月》の十一月“平土間”にも通じる粋な女性です。
踊りの稽古帰りの町娘を描いた左手の作品《浜町河岸》は、清方が明治末に暮らした日本橋を主題にした作品です。年齢も属性も異なる明治の女性を三様にお楽しみいただけます。
(左から)《浜町河岸》 1930年 / 《築地明石町》 1927年 / 《新富町》 1930年 東京国立近代美術館
幼い頃、芝居好きの母の影響から文芸に親しんだ清方。演劇雑誌「歌舞伎」で連載のあった芝居のスケッチをきっかけに芝居は見るだけでなく描くものにもなりました。
第2章「物語をえがく」では、文学や芝居など物語を主題とする作品を作者の肖像とともに紹介します。
(左から)《本朝十二四孝 十種香の段 八重垣姫 勝頼 濡衣》 1934年 / 《桜姫》 1923年 新潟県立近代美術館・万代島美術館 [展示期間:3/18~4/10]
清方は、女形舞踊の最高峰と言われる「京鹿子娘道成寺」を主題とした作品を数多く手掛けます。 蛇体と化した清姫が道成寺を焼き殺したという「安珍清姫伝説」をもとにしたもので、作品それぞれに表現の工夫と制作意図の違いを感じることができます。
《京鹿子娘道成寺》 1928年 光ミュージアム
第3章は「小さくえがく」。大正時代後半に清方が提唱したのは“卓上芸術”でした。これは清方の造語で、小画面の画巻や画帖、挿絵を机の上でひとりで味わう鑑賞スタイルを指します。庶民でも芸術に触れられる展覧会が開かれることや、安価でも良質な複製を庶民に届けることで、芸術が社会に開かれると考えていたためです。
《朝夕安居》 1948年 鎌倉市鏑木清方記念美術館・道成寺鷺娘 [展示期間:3/18~4/3]
画面が小さいからこそ即興性をそのまま表現できることに価値を見いだしていた清方。 安価でも良質な複製を庶民に届けることも芸術が社会に開かれると考えていました。“卓上芸術”には、そんな市井の人々の安らかな暮らしが映し出されています。
(左から)《『苦楽』表紙原画 舞妓》 1947年 / 《『苦楽』表紙原画 ふた昔》 1948年 東京国立近代美術館
市井の人々と共有することを喜びとしていた清方の新たな一面を知ることができる展覧会。★マークで3段階に自己採点された作品にも注目です。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2022年3月17日 ]