平安時代中期の僧、空也上人(903-972)。ひたすらに「南無阿弥陀仏」ととなえる念仏信仰の先駆者で、口から6体の阿弥陀仏が出ている彫像は教科書などでもお馴染みです。
空也上人の没後1050年を記念し、六波羅蜜寺が所蔵する平安から鎌倉時代の彫刻の名宝を紹介する展覧会が、東京国立博物館で開催中です。
東京国立博物館 本館
まずは早速、お目当ての重要文化財《空也上人立像》をご紹介しましょう。東京では新宿小田急百貨店で1973年に開催された「庶民の心に生きた...空也の寺 京都 六波羅蜜寺展」以来、実に半世紀ぶりの公開となります。
像の作者は、運慶の四男である康勝。制作は鎌倉時代なので、上人がこの世を去ってから200年以上経ってからつくられたものですが、今にも歩きそうな写実的な姿が印象的です。
重要文化財《空也上人立像》康勝作 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
平安京に疫病が流行した際、念仏をひろめた空也上人。像は口から6体の阿弥陀仏が現れたという伝承を表しています。
六波羅蜜寺では正面からしか拝観できませんが、展覧会では一周まわっての鑑賞が可能。開いた口から一本の銅線が外に伸びて、小さな木造の仏像が付いているさまも、横から見ると良く分かります。
重要文化財《空也上人立像》(部分)康勝作 鎌倉時代・13世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
展覧会は2章構成で、第1章は「空也上人と六波羅蜜寺の創建」です。空也上人は、疫病がおさまり世の中が穏やかになるように、十一面観音立像を造像し、西光寺を創建。これが現在の六波羅蜜寺です。
平安時代中ごろの軒丸瓦を見ると、蓮華座の上に梵字のキリークが乗る文様です。それ以前には見られなかった、新しい文様です。
(左から)《梵字文軒丸瓦》京都市東山区 六波羅蜜寺出土 平安時代・10世紀 京都・六波羅蜜寺蔵 / 《三鈷杵文軒平瓦》京都市東山区 六波羅蜜寺出土 平安時代・10世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
展示室奥にあるのは、《四天王立像》と《薬師如来坐像》(ともに重要文化財)です。
《四天王立像》は、空也が造像を発願した像で、創建時から寺に伝わる貴重な作品(増長天像は鎌倉時代に補われたもの)。《薬師如来坐像》は、空也が没した後にこの寺に住み、伽藍を再興した中信の時代に造られた像で、和様化の途上期の作風が見られます。
(中央)重要文化財《薬師如来坐像》平安時代・10世紀 京都・六波羅蜜寺蔵 / (左2点と右2点)重要文化財《四天王立像》平安時代・10世紀(増長天のみ鎌倉時代・13世紀)京都・六波羅蜜寺蔵
第2章は「六波羅とゆかりの人々」。弁慶と牛若丸のエピソードで知られる五条大橋の近くにある六波羅蜜寺。ここは京都の葬送の地である鳥辺野の入口にあり「あの世」と「この世」の境界とみなされてきました。
重要文化財《地蔵菩薩坐像》は体軀の表現と衣の襞の特徴から、運慶の作であることが確実視されている像です。像内には数多くの納入品が納められています。
(左手前)重要文化財《地蔵菩薩坐像》連塵作 鎌倉時代・12世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
夜叉は、インド古代から知られる樹木の精霊・ヤクシャがルーツで、福神と鬼神の双方の性格をもつ存在です。
日本における夜叉神像は、平安時代初期につくられた教王護国寺(東寺)の像が最古で、六波羅蜜寺の像はそれに次ぐ古例です。
《夜叉神立像》平安時代・11世紀 京都・六波羅蜜寺蔵
現在、六波羅蜜寺は新宝物館「令和館」を整備中。《空也上人立像》《伝平清盛坐像》(ともに重要文化財)をはじめ、寺に伝わる平安・鎌倉時代の彫刻は、新しい空間に移されます。「令和館」は2022年5月22日(日)の開館予定です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年2月28日 ]