現代スペインの代表的アーティスト、ミケル・バルセロ。現在65才、欧州を中心とした精力的な活動で世界のアートシーンを牽引する作家ですが、日本ではまだ決して認知度が高くありません。そのバルセロの仕事の全貌を紹介する日本初の大規模個展が、巡回展の最終会場である東京オペラシティアートギャラリーにやって来ました。
東京オペラシティアートギャラリー 入口
生地マジョルカ島の歴史や自然に深く同一化しつつ、同時にアフリカやインドなど異郷の風土に根をはりながら制作した作品は、大胆な色使いとインパクトのある大画面が特徴的です。80年代に興った新表現主義の流れを汲み、直情的・具象的な表現を得意としていますが、同時に人類史的な視野にたった知的なアプローチも控えているようです。 展示会場では初めに近年の制作物を展示し、進みながらその原点まで遡れるような構成となっていました。
バルセロは1982年の国際美術展「ドクメンタ7」への登場を機に、世界各地に活躍の場を広げています。当時、出展が決まったときの喜びは展示空間で最初に出迎える《良き知らせ》にも現れているようです。
右側がミケル・バルセロの《良き知らせ》
生まれ育ったマジョルカ島では毎日海でタコを獲っていたという彼にとって、海や大地は原風景として根づいています。それらをテーマとした作品群には壮大な自然への好奇心があふれるようでいながら、《たくさんの蛸》や《下は熱い》に表現されているのは環境破壊や難民問題への危機感ではないかとも考えられているそうです。
考えるよりも先に手を動かしながら制作を進めていくスタイルで、偶然にできた絵の具の塊から具象的イメージを生み出していく過程には豊かな洞察と知性が感じ取れます。
バルセロの作品には海や蛸、魚のモチーフが多く見受けられる
好んだテーマとして、闘牛も特徴的です。バルセロは、闘牛士の孤独な闘いをアーティストとしての自らと重ね合わせているようです。《銛の刺さった雄牛》は絵の具を厚く塗り重ねたキャンバスをグラインダーで削る前衛的な表現が目を引きます。彼はシュルレアリストの表現や、フォンタナ、ポロックといった画家の影響を受けているとも言われており、その影響が垣間見られる作品です。
ミケル・バルセロ《銛の刺さった雄牛》
絵画だけでなく、陶芸・彫刻・パフォーマンスなどさまざまな領域のアートを手がけていることも特徴です。アフリカ滞在時、サハラ砂漠の砂嵐など厳しい自然環境にさらされて思うように制作ができないとき、現地の人びとに粘土の扱い方を習ったことで陶の作品を制作するようになりました。バルセロの陶作品は予め衝撃や亀裂を加えて焼き、できあがったものからさらにインスピレーションを得て彩色などをしています。陶芸も彼にとっては絵画と同じだったのです。
独創的な陶芸作品の数々
陶芸の制作スタイルからもわかるように、彼が絵を描く素材は平面に限りませんでした。バルセロは洞窟壁画にも興味を寄せ、ゴツゴツとした岩肌や土に描かれて何千年と残されてきた絵にインスパイアされます。巨大な陶板に素手や木べらで図柄を描いていくパフォーマンス《パソ・ドブレ》はそれを現す作品の一つです。
ほかには文学的な関心から携わったダンテ『神曲』やカフカ『変身』といった小説の挿絵や、黒く塗りつぶした画面に漂白剤を使って描く「ブリーチ・ペインティング」と呼ばれたポートレートなど、バルセロの多面的な仕事ぶりが紹介されています。
壁一面の「ブリーチ・ペインティング」
スケッチブックも多数展示している
展覧会は3月25日まで開催。日本でミケル・バルセロが知られるよい機会となることでしょう。高く盛り上がったキャンバスの表面や豪胆な筆致、ぜひ会場に訪れて間近でご覧ください。
[ 取材・撮影・文:さつま瑠璃 / 2022年1月12日 ]
©ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2021.
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