ジャポニスムの画家たちに大きな影響を与えた浮世絵版画。改めてその特性と魅力を再発見する展覧会が、千葉市美術館で開催中です。
展覧会はプロローグ「ジャポニスムとは何か?」から。日本では浮世絵版画は身近な存在でしたが、新しい表現への手がかりを求めていた西洋の画家たちは、日本の美意識に新鮮な驚きを感じました。ジャポニスムのブームは、西洋を席巻していきます。
(左から)ゼデラー、ニコライ・ニコラエビッチ《「芸術と批評」》1906年 プーシキン美術館 / 葛飾北斎《「百物語 しうねん」》天保2-3年(1831-32)東京国立博物館(アンリ・ヴェヴェール旧蔵)[展示期間:1/12~2/6]
続いて第1章「大浪のインパクト」。西洋を驚嘆させた波といえば、もちろん葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》です。
この作品は西洋の画家を触発しただけではなく、北斎の後に続いた浮世絵師たちにも影響を与えました。波の描写は屏風や襖絵でしばしば見られますが、浮世絵版画のような小画面でこのような動きを描くことは、誰も考えなかったのです。
(左から)歌川広重「六十余州名所図会 阿波鳴門の風波」安政2年(1855)ホノルル美術館 ジェームズ・ミッチナー・コレクション / ファリレーエフ、ヴァディム・ドミトリヴィッチ(1879-1950)《カプリ島、波浪》1911年 プーシキン美術館
第2章は「水の都―江戸・橋と船」。徳川家康が幕府を開いたことで、大きく発展した江戸。河川や水路が整備され、橋が架けられて、町の様相は一変しました。
特に隅田川は、堤に桜が植えられ、周辺には歓楽地が栄えるなど、行楽の中心として賑わいました。隅田川に架けられた巨大な木橋は、浮世絵でも頻繁に描かれています。
(左から)エリュー、ポール《白い婦人》1890年代初期 プーシキン美術館 / 喜多川歌麿《両国橋納涼》寛政7-8年(1795-96)頃 メトロポリタン美術館 ハーべマイヤー・コレクション
第3章は「空飛ぶ浮世絵師―俯瞰の構図」。飛行機もドローンもない江戸時代。あたかも見てきたような俯瞰図の作品は、絵師の頭の中で組み立てられたものです。
日本では平安時代の絵巻などにも、天井を描かずに室内を上からの視点で描く「吹抜屋台」と呼ばれる手法があり、俯瞰の作品は馴染み深い構図でもあります。
鍬形蕙斎「聖代奇勝(東都繁昌図巻)」享和3年(1803)千葉市美術館(松平定信旧蔵)
第4章は「形・色・構図の抽象化」。日本絵画の特徴として、抽象性も上げられます。
日本の絵画では、現実にしばられない描写も見られます。線はシンプルに整理して、選ばれた色を面的に配置。登場人物が後ろを向く、途中で切れるなど、構図も斬新です。西洋の視点からすると、その表現は抽象的ともいえます。
「名所江戸百景 月の岬」では、左側の遊女は障子越しのシルエット、右側の芸者は後ろ向き。煙草入れが無造作に散らばっていますが、客の姿は描かれていません。
歌川広重「名所江戸百景 月の岬」安政4年(1857)[展示期間:1/12~2/6]
第5章は「黒という色彩~影と余韻」。単色で使うと悪目立ちする黒は、西洋の油絵においては、使い勝手が悪い色といえます。
一方、水墨画などで黒を使いなれてにいる日本では、浮世絵版画でも黒を巧みに用いた作品が数多くあります。
《二代目嵐璃寛の団七九郎兵衛》は、芝居「夏祭浪花鑑」に取材した作品。暗闇の中で舅を殺した団七九郎兵衛が、黒い背景の前で、不気味に刀をくわえます。
春梅斎北英《二代目嵐璃寛の団七九郎兵衛》天保3年(1832)千葉市美術館
第6章は「木と花越しの景色」。木や花などの間から向こうの景色を見通す構図は、葛飾北斎や歌川広重の版画作品に多く見られます。版画は平面性の高い表現ですが、近景と遠景を明快に分けることで奥行きを出しています。
《ロギヴィーの森の洗濯場 ― 風景の連作より》は、この手法を取り入れた作品。木々の間に女たちの姿が見えます。サイズや型式も浮世絵の3枚続に近く、左下には落款を模したモノグラムまで入っています。
リヴィエール、アンリ《ロギヴィーの森の洗濯場 ― 風景の連作より》1894年 ジマーリ美術館
第7章は「四季に寄り添う―雨と雪」。日本の伝統的な絵画で四季のモティーフを含まないものは、ほとんどありません。日本人は四季それぞれの風情に親しんで暮らしてきました。
また、降水量が多いのも日本の気象の特徴。雨や雪が主題になった浮世絵も数多くあります。
浮世絵版画で雨を細線で表現するのは当たり前ですが、ジャポニスム以前の西洋画では、雨や雪の粒までは描かれませんでした。
葛飾北斎『絵本隅田川両岸一覧』「新柳橋の白雨」文化期(1804-18)千葉市美術館
第8章は「母と子の日常」。浮世絵の中には、どこにでもある日常を描いた作品がしばしば見られます。母と子の触れ合い、子どもの遊びといった光景も、ごく普通にモチーフになっています。
ジャポニスム以前の西洋画では、母子の絵といえば聖母子像など。浮世絵に影響を受けた西洋の画家では、特にメアリー・カサットは頻繁に母子像を描いています。
鈴木春信《蚊帳の母子》明和4年(1767)頃 千葉市美術館
最後はエピローグ「江戸の面影―ジャポニスム・リターンズ」明治維新で徳川の時代が終わると、浮世絵を取り巻く環境も大きく変わりました。西洋文化が流入して浮世絵版画は危機を迎えますが、逆に伝統的な木版画が見直される動きも出てきます。
最後の展示室には、大正時代に活発に出版された木版画作品が展示されています。
キース、エリザベス《青と白》大正14年(1925)千葉市美術館
浮世絵版画が主役の展覧会ですが、海外からも貴重な作品が来日。特にプーシキン美術館から出展されているロシアのジャポニスム作品は、これまでほとんど紹介される事がありませんでした。
色、形、構図、画題など、さまざまな面で西洋を驚かせた浮世絵。それらを意識しながら鑑賞する事で、浮世絵の見方がさらに広がりそうです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年1月11日 ]