実験的な映像表現で知られるスイス生まれのアーティスト、ピピロッティ・リスト(1962-)。1980年代から世界各地の美術館や芸術祭で作品を発表し、国を越えて幅広い世代の観客を魅了しつづけています。
初期の短編ヴィデオから最新の大型インスタレーションまで、30年間にわたる主要作品を紹介する展覧会が、水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催中です。

水戸芸術館現代美術ギャラリー「ピピロッティ・リスト:Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-」 会場入口
展覧会は年代やテーマで区分せず、ゆるやかな動線で全体でリストの世界を感じていく構成です。
《永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に》は、青いドレスに身を包んだ女性が、花のかたちの鈍器で車の窓ガラスを愉しげに叩き割っていく映像。靴を脱いで鑑賞できる作品です。

ピピロッティ・リスト《永遠は終わった、永遠はあらゆる場所に》1997年
続いて、半透明や白色の容器や日用品が壁に貼り付けられた作品。横からは映像作品が投影され、幻想的な世界が広がります。
不用品を「即席のダイアモンド」として、自らの作品に取り入れているリスト。水戸芸術館現代美術ギャラリーの長い廊下状の空間を活かした、サイトスペシフィック(作品が展示される場所の特性を生かしすこと)な作品です。

ピピロッティ・リスト《イノセント・コレクション》1985-2023年頃 / ピピロッティ・リスト《アポロマートの壁》2020-2021年
《愛撫する円卓》も、靴を脱いで鑑賞できる作品。リストは家具やベビーベッドなど日常的なオブジェを作品の筐体にしたヴィデオ・スカルプチャーを多数制作してきました。
白い円卓に映し出される万華鏡のようなイメージは、時間を忘れて見入ってしまいます。

(手前)ピピロッティ・リスト《愛撫する円卓》2017年
奥に進むと、さらに色彩に溢れた空間が広がります。ローテーブル、ソファ、フロアライト、棚など家具や小物が配置され、ところどころに小さな映像作品もあります。
近年のリストは、日用品を用いた作品を発展させ、展示室全体でリビングルームのような空間をつくり、その世界観を体験できる大規模なインスタレーションを手がけています。

ピピロッティ・リスト《箱根の静けさ》2020-2021年
その奥には、巨大なスクリーンを使った映像作品。こちらも靴を脱いで見ることができ、映像に包まれるような鑑賞となります。
寝転んで見る、覗き込む、映像を浴びるなど、リストの映像は多彩なスタイルが特徴的です。展示空間に「集まることで個々の人間がひとつの共同体として繋がるような仕組み」をつくり、経験の共有を生み出します。

ピピロッティ・リスト《マーシー・ガーデン・ルトゥー・ルトゥー/慈しみの庭へ帰る》2014年
「リラックスした状態で鑑賞」をさらに発展させたのが《4階から穏やかさに向かって》。ベッドに寝転び、全身を弛緩させながら、水面を下から見上げたような景色を鑑賞します。
リストは、チューリヒ近郊を流れる旧ライン川にカメラを潜らせて撮影。泥や朽ちた藻、さまざまな生物などが流れる水中の世界と、上空に広がる陽光のきらめき、そして、水の中から見たリスト自身の姿などを示していきます。

ピピロッティ・リスト《4階から穏やかさに向かって》2016年
日本におけるピピロッティ・リストの大規模展は、2008年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催された「ピピロッティ・リスト:ゆうゆう」展以来、実に13年ぶり。
京都から巡回し、本展が最後の会場です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年8月6日 ]