日本中に熱狂的なファンを持ち、さまざまな分野のクリエイターからも高く評価されている漫画家・諸星大二郎(1949-)。
デビューしてから半世紀、代表作の原画約350点を中心に、作品世界に関わりの深い美術作品や歴史・民俗資料などをあわせて紹介する大規模展が、三鷹市美術ギャラリーで開催中です。
三鷹市美術ギャラリー「デビュー50周年記念 諸星大二郎展 異界への扉」会場入口
展覧会は8つのエリアによる構成で「1970年 デビュー 『異界』への出発点」からはじまります。
諸星大二郎は長野県軽井沢町生まれ。高校卒業後、公務員として務めながら漫画を描き始めました。1970年に雑誌「COM」に投稿した「硬貨を入れてからボタンを押してください」が、2ページ分だけ掲載。後の投稿作品「ジュン子・恐喝」が、全文掲載されました。
「ジュン子・恐喝」は、都会ですれ違う若い男女を描いた作品。リアルな作風は後年とは異なり、画業の中では異彩を放っています。
「1970年 デビュー 『異界』への出発点」エリア
続いて「日常/非日常 異界への扉」。デビューから青年向け作品を描いてきた諸星ですが、「生物都市」が『週刊少年ジャンプ』の「手塚賞」に入選し、活躍の場を少年誌に広げていきました。
「生物都市」は、人がさまざまなものと溶け合って融合する作品。この諸星独特の表現は、以後も多くの作品にみられます。
この作品や「夢みる機械」で諸星はSF的な設定を用いています。非日常の風景を描きながら、日常に対して鋭い批判のまなざしを向けています。
「日常/非日常 異界への扉」エリア
続いて「民俗学/人類学/考古学 再構築された『異界』」。諸星の作品世界を語る上で、これまでも多くの論者が民俗学や人類学、考古学的な要素を指摘しています。
パプアニューギニアが舞台の『マッドメン』には、民族を超えた土器や神話が登場。「生命の木」では東北のかくれキリシタンを扱い、オリジナルの聖書異伝も創作しています。
今回の展覧会は、作品世界に関わりの深い歴史・民俗資料なども紹介されているのが特徴的。作品とあわせて見る事で、諸星作品をより深く楽しむ事ができます。
「民俗学/人類学/考古学 再構築された『異界』」エリア
「民俗学/人類学/考古学 再構築された『異界』」エリア
続いて「日本の神話/伝説/文学 深淵にして身近な『異界』」。代表作の一つ『暗黒神話』は、記紀神話をベースに、縄文土器や装飾古墳、さまざまな伝説や思想も盛り込んだ、壮大なスケールの作品です。縄文土器の装飾性から着想したオオナムチのデザインは、諸星の真骨頂といえます。
『栞と紙魚子』シリーズは、架空の町「胃の頭」を舞台にした作品。異次元の世界で妖怪変化や怪奇現象に巻き込まれます。主人公のふたりが物怖じしないキャラクターという事もあり、独自のホラーコメディになりました。
「日本の神話/伝説/文学 深淵にして身近な『異界』」エリア
次は「中国の神話/伝説/文学 長大な歴史の『異界』を描く」。『孔子暗黒伝』は、孔子を中心にしながらも、老子や釈迦、さらには縄文時代の日本までを取り込んだ作品。饕餮文のコンピュータが特異な宇宙論を展開するなど、こちらも諸星ならではの世界観に溢れています。
『西遊妖猿伝』は、現在でも連載が続いているライフワーク作品。孫悟空を人間とし、現実の歴史的事件に絡ませるなど、想像力豊かに新たな西遊記の世界を築いています。
「中国の神話/伝説/文学 長大な歴史の『異界』を描く」エリア
次は「博物誌/書誌 諸星的『異界』の体系化」。『妖怪ハンター』シリーズの「ヒトニグサ」には、架空の学者・室井恭蘭が著した『妖魅本草録』が登場するなど、諸星作品には博物誌への憧憬も伺えます。
また、作品にはしばしば興味深い書名が並ぶなど、書物への関心も特徴的。『栞と紙魚子』シリーズでは、主人公の名前だけでなく、家業の設定も新刊本屋と古本屋というこだわりようです。
「博物誌/書誌 諸星的『異界』の体系化」エリア
続いて「西洋の神話/伝説/文学 異界の西洋 ─ もうひとつのナラティブ」。諸星は2000年代に「グリム童話集」を元に、独特の解釈を施した作品を集中的に描いています。「赤ずきん」は、オリジナル作品は、近づく男に気をつけろという若い女性への警鐘であるのに対し、諸星作品では若い女性そのものの危険性を示唆するという、真逆の展開が見ものです。
「深海人魚姫」と「深海に還る」は、現代の海洋学の知識も取り入れた、ロマンティックな現代版人魚姫の物語です。
「西洋の神話/伝説/文学 異界の西洋 ─ もうひとつのナラティブ」エリア
最後は「アート 異界の扉の鍵」。諸星の作品には、美術作品からの引用も数多くみられます。
「黒い探求者」「ど次元世界物語」はダリ、「鰯の埋葬」「影の街」「ブラック・マジック・ウーマン」はゴヤ、「失楽園」はボスなど。「失楽園」には、青木繁《海の幸》のイメージも見られます。
展覧会の最後には、諸星大二郎本人による絵画作品も。少年時代に思いを馳せた作品などからは、漫画と違った魅力も感じられます。
「アート 異界の扉の鍵」エリア
膨大な知識に裏付けられた幅広いジャンルと、誰にも真似をすることができないといわれる諸星ならではの作画。強い個性は中毒性があり、その魅力に一度はまったら、なかなか抜け出す事ができません。
北海道立近代美術館からスタートして、本展が4会場目(最後は足利市立美術館)です。諸星ビギナーの方も、ぜひその世界に足を踏み入れていただきたいと思います。
※会期中、一部展示替えがあります。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年8月9日 ]