第二次世界大戦以降の最も重要な芸術家のひとり、ヨーゼフ・ボイス(1921-1986)。ボイスの教え子で、絵画を構成要素から再構築したブリンキー・パレルモ(1943-1977)。
単なる師弟関係ではなく、互いに共鳴しあう関係だったふたりの作品を並置しながら、その世界を概観する展覧会が、埼玉県立近代美術館で開催中です。
埼玉県立近代美術館「ボイス+パレルモ」
展覧会はプロローグの後、1章「ヨーゼフ・ボイス:拡張する彫刻」から。ボイスは1961年秋、40歳でデュッセルドルフ芸術アカデミーの教授に着任し、本格的に芸術家として歩みはじめます。
相反する二項に対して「あれか、これか」ではなく「あれも、これも」で応えるのは、ボイスの特徴のひとつ。繰り返し主題にした「ユーラシア」も、この大陸がヨーロッパとアジアという、異なる2つの文化圏を包損しているためです。
《ユーラシアの杖》は、フェルトで覆われた4本のアングル材を、水平の状態から垂直に立てたりすることで対立する二項を示し、それを結びつけようとしたアクション。1967・68年に、ウィーンとアントウェルベン(ベルギー)で行なったアクションのうち、ウィーンで用いられたアングルによる重要な作品で、欧米以外では初展示です。
1章「ヨーゼフ・ボイス:拡張する彫刻」
2章は「パレルモ:絵画と物体のあわい」。パレルモは1962年にデュッセルドルフ芸術アカデミーに入学、1964年にボイスの教室に編入しました。
ちなみに「パレルモ」は、この頃学友からつけられたあだ名で、そのままアーティストネームになりました。
三角形の作品や、壁に作品を立てた作品など、絵画の枠組みを否定するような創作を進めていったパレルモ。ただ、作品が物質化する一方で、筆触をともなっている作品など、絵画的な余韻が残されていることも特徴的です。
2章「パレルモ:絵画と物体のあわい」
3章は「フェルトと布」、両者の特徴的な素材を切り口にしています。
ボイスは第二次世界大戦の従軍中に負傷、傷口に脂肪を塗り、フェルトで覆われたことで一命を取り留めたといいます。以降の創作には、脂肪とフェルトがしばしば用いられます。
一方で、パレルモは「布絵画」を制作。既製品の鮮やかな布をそのまま縫い合わせて、抽象絵画のように表現していきます。
3章「フェルトと布」
4章は「循環と再生」。ボイスは素材やモチーフを再利用したり、先行する作品を別の作品に組み込んだりと、さまざまな循環を試みています。エネルギーの生成と循環は、ボイスの造形思考のなかで重要な位置を占める主題です。
初期のパレルモは、そのようなボイスから影響を受けました。拾ってきた板や木片にカンヴァスを巻いて作品にしたり、ピンボールマシーンの装飾模様をそのまま引き写したりと、パレルモも素材やモチーフを再利用しています。
4章「循環と再生」
5章は「霊媒的:ボイスのアクション」。ボイスは1963年に初めてアクションを実行。脂肪、フェルト、ウサギなどを小道具に、儀式めいたパフォーマンスを何度も行ないました。
他者に働きかけ、彼らの芸術理解を変えることを目的としたボイス。選挙に出る、木を植えるなどの社会的な活動も、一連のアクションと見る事もできます。
5章「霊媒的:ボイスのアクション」
6章は「再生するイメージ:ボイスのドローイング」。本展のポイントのひとつといえるのが、ボイスのドローイング群。生涯に渡って描き続けた、素描家としてのボイスの活動に目を向けています。
ウサギ、ミツバチ、白鳥などの動物や、妊婦、女優ら巫女などの女性を、小刻みに震えた描線で描いたボイス。はっきりとした形態ではなく、茫洋とした色斑で構成されたドローイングもあります。
罫線付きノートの切れ端や、開封済みの封筒など、使い古しの紙を好んだのも、ボイスらしい一面といえるでしょう。
6章「再生するイメージ:ボイスのドローイング」
7章は「蝶番的:パレルモの壁画」。1968年から1973年にかけて、パレルモは空間に直接介入する壁画作品を手がけました。
ドアの枠や壁の輪郭をなぞった線を引いたり、一部の壁をモノクロームの色彩で塗り替える、等々。
チョークやクレヨン、既製品の塗料などを使い、手作業の痕跡を残した表現は、友人たちが「パレルモの最も重要な作品の一つ」と評します。
7章「蝶番的:パレルモの壁画」
最後の8章は「流転するイメージ:パレルモの金属絵画」。1973年12月にニューヨークに活動の拠点を移したパレルモ、1975年ごろから始めたシリーズが金属絵画です。
A4サイズほどのアルミニウムの支持体へ何度も絵具を塗り重ね、それを複数組み合わせることでシークエンスを作り出しました。
色を一層ずつ塗りながら、ときに削りながら、複数の色を組み合わせ、パネルを入れ替えて最終的な配列へと至ります。
「エピローグ:声と息」にも、ボイスによる声の作品が出展されています。
8章「流転するイメージ:パレルモの金属絵画」
受け持った学生のなかで、パレルモがもっとも自身に近い作家だったと認めていたボイス。「教師としてボイスは私に、私自身、そして私の可能性の道筋を示してくれました」と語っていたパレルモ。両者の関係性が垣間見えます。
重要作家ながら、日本でのボイス展は約10年ぶり。パレルモに至っては公立美術館で展覧会が開催されるのは初めてです。
豊田市美術館から巡回してきた本展、埼玉展の後は国立国際美術館で開催されます(2021年10月12日~2022年1月16日)。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年7月9日 ]