聖林寺(奈良県桜井市)にある天平彫刻の名品、国宝《十一面観音菩薩立像》。日本を代表する仏像の一つですが、江戸時代までは神社にあった事はあまり知られていないかもしれません。
祀られていたのは、同市の大神神社。ゆかりの仏像とともに、自然信仰をいまに伝える三輪山信仰を紹介する展覧会が、東京国立博物館で開催中です。
会場の東京国立博物館 本館特別5室
まずは、お目当ての国宝《十一面観音菩薩立像》から。1897年(明治30年)の古社寺保存法で国宝に指定され、新制度となった1950年(昭和25年)の文化財保護法でも、第一次で選ばれた国宝仏24のひとつに選定。古くから名作として伝えられてきた逸品です。
厳かな顔立ちと、均整のとれた体つき。十一の面であらゆる方向を見渡し、深い慈悲の心で人々を救います。独立ケースで展示されているため、背後まで回って鑑賞する事ができます。
国宝《十一面観音菩薩立像》奈良時代・8世紀 奈良・聖林寺蔵
国宝《十一面観音菩薩立像》の背後には、大神神社の三ツ鳥居が再現されています。像は、江戸時代までは大神神社に属した神宮寺である大御輪寺(旧大神寺)の本尊でした。
古来の日本では、山や滝、岩、樹木など自然物に神が宿ると考えられていました。大神神社も神を祀る本殿はなく、鳥居を通して神が宿る三輪山を拝みます。
奈良時代以降、有力な神社は仏も祀るようになり、寺院を建立。これらは神宮寺と呼ばれます。
会場に再現された、大神神社の三ツ鳥居
会場前半には三輪山から出土した子持勾玉や土製模型なども紹介されています。古代の祭祀を物語るこれらの品々から、三輪山が古くから信仰の対象であった事が分かります。
「八百万の神」という言葉が残る日本。丸池(山形・遊佐町)、那智滝(和歌山・那智勝浦町)、ゴトビキ岩(和歌山・新宮市)など、現在でも神として信仰される自然物「御神体」は日本の各地にあります。
三輪山から出土した史料が並びます
現在は法隆寺にある国宝《地蔵菩薩立像》も、大御輪寺に伝来したもの。江戸時代には国宝《十一面観音菩薩立像》とともに祀られていました。
立派な体つきは、実在感たっぷり。慈悲深い顔立ちは、平安時代初期の密教彫刻の特徴があらわれています。美しい衣の襞もみどころです。
(右手前)国宝《地蔵菩薩立像》平安時代・9世紀 奈良・法隆寺蔵
《日光菩薩立像》と《月光菩薩立像》も、以前は大御輪寺にありましたが、ともに明治元年(1868)7月に奈良市菩提山町の正暦寺に引き渡されました。あわせて日光・月光菩薩とされますが、両手は後年に付加されているため、当初の尊名は不明です。
ともに一木造りですが、日光菩薩はケヤキ材で大ぶりな目鼻立ち、月光菩薩はヒノキ材で穏やかな面相と、作風は異なります。
(左から)《月光菩薩立像》平安時代・10~11世紀 奈良・正暦寺蔵 / 《日光菩薩立像》平安時代・10~11世紀 奈良・正暦寺蔵
いにしえの昔から抱いてきた自然への崇拝を、今に伝える三輪山信仰。神仏の集合は珍しい事ではなく、その流れを突然断ち切ったのが明治維新、という事になります。
国宝《十一面観音菩薩立像》が東京で展示されるのは今回が初めてです。貴重な機会をお見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年6月21日 ]