横浜美術館(1989年開館)、愛知県美術館(1992年開館)、富山県美術館(1981年開館の富山県立近代美術館の収蔵品を引き継いで2017年開館)。
3つの公立美術館が所蔵する近現代の西洋美術を紹介する展覧会が、横浜美術館で開催中です。
会場の横浜美術館
1980年前後の、いわゆる「美術館建設ラッシュ」の時期に開館した3館。開館後30〜40年を経て、それぞれのコレクションも充実した内容に育ちました。
展覧会は3館による共同企画。いずれの美術館も近現代の西洋美術を収集の柱にしている事から、20世紀美術史を彩った巨匠たちの作品を厳選して紹介していきます。
「3館」という事で、会場は30年区切りの3章構成。第1章は「1900s ― アートの地殻変動」です。
コンスタンティン・ブランクーシ《空間の鳥》1926年(1982年鋳造)横浜美術館
19世紀の印象主義、ポスト印象主義は、それまでの絵画のセオリーを超えて実験的な試みがなされましたが、20世紀の美術家にも、その実験的な精神は受け継がれました。
世紀の初頭にはキュビスム、フォーヴィスム、表現主義が勃興。1910年代前半にはヨーロッパで抽象芸術が同時多発的に誕生し、第一次世界大戦前後には構成主義やダダが盛り上がりました。
逆に、前衛主義の反動としての古典回帰的な傾向も見られる事もあり、アートの概念や価値基準が大きく変容していきました。
(左から)パウル・クレー《回心した女の堕落》1939 愛知県美術館 / パウル・クレー《蛾の踊り》1923 愛知県美術館
象徴的な作家といえるのが、パブロ・ピカソ。キュビスムを通じて、20世紀の美術界に決定的な影響を与えました。
3館ともピカソの描いた女性像を持っていますが、それぞれのコレクションの文字通り「顔」といえる存在です。
(左から)パブロ・ピカソ《肘かけ椅子の女》1923 富山県美術館 / パブロ・ピカソ《青い肩かけの女》1902 愛知県美術館
(左から)パブロ・ピカソ《座る女》1960 富山県美術館 / パブロ・ピカソ《肘かけ椅子で眠る女》1927 横浜美術館
第2章は「1930s ― アートの磁場転換」。この章で大きく取り上げられているのは、シュルレアリスムです。
夢、無意識、偶然性などを介して、人の内にある真のリアリティに迫ろうと試みたシュルレアリスム。文学など他の分野も含め、総合的な芸術思想として大きなムーブメントになりました。
3館とも、シュルレアリスムの絵画や彫刻はそれぞれのコレクションの核といえる存在。エルンストやミロ、デルヴォーら3館が共通して所蔵する作家の作品が並びます。
(左から)ポール・デルヴォー《こだま(街路の神秘)》1943 愛知県美術館 / ポール・デルヴォー《夜の汽車》1947 富山県美術館
(左から)ジュアン・ミロ《パイプを吸う男》1925 富山県美術館 / ジュアン・ミロ《絵画》1925 愛知県美術館
もう一つ、この時期の動きとして見逃せないのが、アメリカの台頭。
第二次世界大戦期に、シュルレアリストを含む多くの芸術家がヨーロッパからアメリカに亡命。これがひとつの契機になり、美術の中心はヨーロッパからアメリカに移っていきます。
(左から)サルバドール・ダリ《アメリカのクリスマスのアレゴリー》1943頃 富山県美術館 / サルバドール・ダリ《ガラの測地学的肖像》1936 横浜美術館
(手前左から)メレット・オッペンハイム《りす》1969(1970再制作)富山県美術館 / メレット・オッペンハイム《りす》1969(1970再制作)横浜美術館 / マン・レイ《贈物》1921(1970再制作)横浜美術館 / (奥)サム・フランシス《消失に向かう地点の青》1958 愛知県美術館
(左から)ルーチョ・フォンタナ《空間概念》1960 愛知県美術館 / ルーチョ・フォンタナ《空間概念》1953 富山県美術館
第3章は「1960s ― アートの多元化」。第二次世界大戦後の美術は抽象表現主義から幕を開けますが、新しい美術家によって次々に刷新されていきました。
ネオ・ダダは日常的なモチーフをアートに取り入れ、その動きは大量生産やマスメディアを主題としたポップアートへ。60年代アメリカを席巻していきます。
第3章「1960s ― アートの多元化」
(左から)ジャスパー・ジョーンズ《標的》1974 横浜美術館 / ジャスパー・ジョーンズ《標的》1980~89 富山県美術館
他方、表現要素を極限までそぎ落としていったのがミニマル・アート。その思想は、作品そのものよりもアイデアや表現意図といった観念性に重きを置くコンセプチュアル・アートに繋がりました。
その後、アートの考え方は無数に分岐。流派や傾向では包括しえない、現代の動向に至ります。
(左から)ロイ・リキテンスタイン《スイレン ― ピンク色の花》1992 富山県美術館 / ロイ・リキテンスタイン《ピカソのある静物(版画集『ピカソヘのオマージュ』より)》1973 横浜美術館
(左から)フランシス・ベーコン《横たわる人物》1977 富山県美術館 / フランシス・ベーコン《座像》1961 横浜美術館
今回のコロナ禍で、海外からの作品貸与・輸送が厳しくなると、改めて注目される、所蔵作品の活用。幸いにも日本の公立美術館、それも地方の美術館にも、かなり充実した作品が揃っている事が良くわかる展覧会です。
所蔵館ではしばしば展示されるため、地元の方は見慣れてしまっているかもしれませんが、他館の作品と比べる事で、違った魅了も見つけられると思います。横浜展の後、愛知、富山に巡回します。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年11月13日 ]