20世紀初頭、ニコライ2世(存位1894~1917)が君臨する帝都ペテルブルグでは莫大な富をもつ王侯貴族や新興ブルジョアの商人たちが、ヨーロッパの最新ファッションを身にまとっていました。こうしたドレスや装飾品の数々は、パリをはじめとしたヨーロッパ各地への特注品のほか、当時のペテルブルグやモスクワに数多く存在したファッションメゾンやアトリエで作られていたものでした。
ロシア革命の火種がくすぶり始めていた1909年、天才興行師ディアギレフ率いるバレエ・リュス(ロシアバレエ団)のパリ公演は、その斬新な演出と高い芸術性、エキゾチックな舞台美術と衣装で一大ブームとなり、パリを中心とす当時のヨーロッパのファッション界に大きな影響を与えました。
1917年にロシア革命が勃発すると、上流階級の多くはボルジェビキの迫害を逃れてヨーロッパやアジアの各都市に亡命し、華麗なる帝政時代のファッションはロシアから消滅しました。
亡命した貴族たちは、高い教養と美的センス、そしてその美貌を生かして、ファッションの世界に進出していきます。特に、多くの亡命者を受け入れたパリでは、1920年代になると、亡命貴族らによってファッションメゾンが次々と設立され、ロシア特有の刺繍技術や民族モチーフを生かしたデザインがヨーロッパのファッション界で注目を集めるようになっていきます。こうしたファッションメゾンのなかには、ニコライ2世のいとこでロシア最後の大公女といわれるマーリア大公女が設立した「キトミール」や、怪僧ラスプーチンの暗殺で有名なユスポフ公爵がその妻イリーナと創設した「イルフェ」などがありました。
時代に翻弄され、散り散りになりながらも、オリジナリティーを失わず新たな地で開花したロシア・ファッション。今回の展覧会は美術大学・芸術活動という総合的文化芸術機関により、ファッションを文化史として見つめ直し、社会的な文化・芸術活動と捉えることによって新たな意味づけを与える、画期的な試みといえます。
ワシリエフ氏のコレクションは、すでにヨーロッパ、アジア各国で紹介されていますが、日本では今回が初公開となります。
また、2009年はバレエ・リュス誕生100周年の年。この展覧会は、長い時を経て再び世界のアートシーンに影響を与え始めた、ロシアの知られざる側面に触れる好機ともなることでしょう。
本展覧会は、当時のロシア・ファッションの特徴を象徴する4つのテーマを取り上げ、展示を行います。