四子吉はそれまであまり知られていなかった「生物生態画」というジャンルを確立し、『広辞苑』や『ファーブル昆虫記』『ジャポニカ大日本百科事典』といった誰もが知っているような書物から、生物図鑑、教科書、専門書まで、生涯に約3万点もの挿絵原画を描きました。またその一方で『ビアンキこども動物記』をはじめとする児童を対象とした書物の挿絵なども数多く手掛けました。
小さい頃から絵が好きだった四子吉は15歳のときに川端絵画研究所(のちの川端画学校)に入学し、日本美術院や中村岳陵などのもとで研鑽を積みますが、画壇のもつ旧前体質に馴染むことが出来ず、次第に日本画の世界から離れていくこととなります。そして川端画学校を卒業した彼が熱心に取り組んだのが童話や絵本の世界でした。
『赤い鳥』『金の船』『キリヌキオトギエホン』・・・描かれた童話の挿絵はどれも優しさや可愛らしさに溢れ、子どもや生命を大切に想う四子吉の気持ちがよく伝わってきます。また当時の大正自由人たちの社交場であった本郷・白山上の書店兼カフェ『南天堂』に出入りするようになり、大杉栄、辻潤、竹久夢二、林芙美子、サトウハチローといった気鋭の芸術家、小説家たちとの交流を深めていきます。
ところが29歳の時に後の妻となる中村文子とともに京都に移り住み、その後京都帝国大学理学部動物教室からの依頼をきっかけとして生物生態画家としての道を歩み始めることとなります。以来半世紀以上にわたって生物生態画のパイオニアとして第一線で活躍をつづけました。
本展ではこうした四子吉の代表的仕事である超細密の生物生態画を多数ご覧いただくとともに、今回が初出品となる初期の日本画作品から、大正モダニズム期の雰囲気を今に残す童話挿絵、デザイン画、関連資料などあわせて約1000点をご紹介いたします。また夏期企画ということもあり、兵庫県立人と自然の博物館の協力による自然観察フィールドワークや水生生物講座など、大人から子どもまで楽しめる多数の関連企画を予定いたしております。
本展が牧野四子吉の弛みない画業を振り返る機会となるとともに、数々の生き物たちの姿に込められた生命や生きることに対する彼の思いをじっくり感じ取っていただく機会となれば幸いです。