世界三大美術館のひとつとして紹介される事も多いプラド美術館。今回は2013年に同館で開催された「Captive Beauty. Fra Angelico to Fortuny」を元に、
三菱一号館美術館開館5周年記念として再構成した企画です。
会場に入るとすぐに、ヒエロニムス・ボス《愚者の石の除去》が展示されています。ボスの作品は20点しか確認されていませんが、こちらは真筆と認められる貴重な一点。今回が初来日です。
当時のネーデルラントでは「頭の小石が大きく成長すると愚か者になる」と考えられており、作品は石を取り出す手術を描いたもの。ただ、取り出されたのは石ではなく青い花、医者がかぶっているのは「愚行」を暗示する漏斗(じょうご)と、皆が患者を騙している事を暗示しています。
第1章「中世後期と初期ルネサンスにおける宗教と日常生活」会場はほぼ年代順の7章構成。最も大きなスペースで紹介されているのが、3章「バロック:初期と最盛期」です。
小品が多い会場で目立つ大作《ロザリオの聖母》は、バルトロメ・エステバン・ムリーリョによる作品。まるで少女のように愛らしい聖母が印象的です。ムリーリョは「スペインのラファエロ」と称えられたセビーリャ随一の画家で、この時代の同地の宗教施設の重要な絵画は、ほとんどムリーリョが手がけたとされています。
バロックの代表格といえばペーテル・パウル・ルーベンス。大画面に迫力ある人物描写を得意とする一方で、小品にも抜群の力量を発揮します。《聖人たちに囲まれた聖家族》は、自身が聖堂のために制作した作品を正確に再現したもの。聖母子を頂点に、弧を描くように聖人たちを配置しました。今にも動き出しそうな人々の描写は、ルーベンスならではです。
ルーベンスは支持体に板を用いた最後期の画家で、この作品を初め出展されている4点は全て板絵です。一般に板絵は作品保護のため輸送と公開が厳しく制限されている中で、本展は35点もの板絵が出展されているのも特徴的です。
3章「バロック:初期と最盛期」3~4章にはヤン・ブリューゲル(2世)の作品が2点出展されています。父であるヤン・ブリューゲル(1世)の元で修行し、父の様式を忠実に守って制作を続けました。《地上の楽園》はエデンの園を描いた作品。アダムとイヴは奥に小さく、手前に多様な生き物たちが生き生きと描かれています。ちょっと驚いてしまう《豊穣》は、中央の女性の乳房が6つ。多産を象徴した描写ですが、いくら何でも不気味に見えます。
《バベルの塔の建設》を手掛けたのは、ピーテル・ブリューゲル(2世)。父であるピーテル・ブリューゲル(1世)による著名作(ウィーン美術史美術館蔵)と、同じ題材の別作品です(ただ、父の方がずっと大きな作品です)。手前から遠景まで、実に細かい人物描写も見ものです。
ピーテル・ブリューゲル(2世)の弟が、ヤン・ブリューゲル(1世)。つまりヤン・ブリューゲル(2世)とは叔父と甥の関係になります。
ヤン・ブリューゲル(2世)とピーテル・ブリューゲル(2世)の作品5章は「18世紀ヨーロッパの宮廷の雅」。左右に花の静物画を配した心憎い演出で、展覧会のメインビジュアル《マリア・ルイサ・デ・パルマ》がここで登場します。
描いたのはスペイン王カルロス3世の主席宮廷画家であるアントン・ラファエル・メングス。わずか13歳でカルロス4世と結婚したマリア・ルイサを、魅力的な女性像に仕立てました(ただ、おそらく本作は習作とみられています)。
マリア・ルイサは「国王を尻に敷く醜い女」とされる事が多いのですが、若い頃は魅力的だったという説も。この絵がその説を裏付けているのは間違いありません。
アントン・ラファエル・メングス《マリア・ルイサ・デ・パルマ》公式サイトにもあるように、展覧会は小品がメイン。ただ点数が揃っている事と、1点1点の密度が濃いため、“スカスカ”感は全くありません。細部を描き込んだ作品も多いので、お持ちでしたらミュージアムスコープの持参をお勧めします。
この項ではスペイン3大画家のエル・グレコ、ベラスケス、ゴヤのご紹介まで至らなかったので、あとは会場でお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2015年10月20日 ]