幕末の混乱を経て開国した日本。富国強兵の道を邁進していた頃は文化の面でも硬いテーマが好まれていましたが、日清・日露戦争に勝利して大国の仲間入りをした時期になると、天下国家よりも個人の内面に関心が高まります。
嫉妬、狂気、そして性欲など、人間が持つ影の部分ならではの魅力がクローズアップされるように。泉鏡花や谷崎潤一郎など、文学において「魔性の女」タイプの女性が多く見られるようになりました。
会場会場1階で強い印象の作品のひとつが、橘小夢(たちばな さゆめ)の《玉藻の前》。玉藻の前は鳥羽上皇の側室となった女官ですが、その正体は「金毛白面九尾の狐」。保元の乱を引き起こした、まさに魔性の女です。
小夢が描いた玉藻の前は色白の美人ながら、その影は9本の尾を持つ狐。艶かしいシルエットが不気味です。
橘小夢高畠華宵(たかばたけ かしょう)は、弥生美術館ではおなじみ。妖しげな眼差しは、華宵が得意とする表情です。
「長恨歌」の楊貴妃も、誘うような眼差し。すっかり欲に溺れてしまった玄宗皇帝は、とうとう朝の政務をしなくなってしまいます。
高畠華宵弥生美術館の展覧会では、いつも開催にあわせて一般書籍も発売されます。今回も「魔性の女挿絵集」が刊行されましたが、展覧会には書籍には掲載できなかった作品も出ています。
そのひとりが、伊藤彦造。大正末から昭和40年ごろまで活躍した挿絵画家です。剣戟(けんげき)シーンが得意だった伊藤ですが、目力が強い女性も魅力たっぷり。凄みを感じさせます。
伊藤彦造満州事変以降のキナ臭い時代になると消えてしまった、魔性の女。安定した社会だからこそ、その存在が支持されるのでしょう。個人的な嗜好もありますが、いつまでも魔性の女が幅を利かせる時代であってほしいものです。(取材:2013年4月11日)