キリスト教の成立よりはるか昔、紀元前6世紀の中国で孔子が唱えた儒教。五常(仁・義・礼・智・信)を基盤とするその思想は日本にも伝来し、さまざまな美術作品で表現されていきました。
全国から集結した数々の名品で、儒教思想が日本美術に与えた影響を探る展覧会「儒教のかたち こころの鑑 ― 日本美術に見る儒教 ― 」が、サントリー美術館で開催中です。
サントリー美術館「儒教のかたち こころの鑑 ― 日本美術に見る儒教 ― 」会場入口
日本における儒教の流れは、4世紀の初頭に伝来した『論語』から。天皇や武家は儒教に基づく為政者の心得を学び、宮殿や城郭などの室内は「勧戒画(かんかいが)」と呼ばれる儒教画題で飾られました。
論語は、後世に多くの注釈書がつくられました。『論語集解』は中国・魏の何晏(かあん)による注釈書。展示されている書物は元応2年(1320)に書写されたもので、完本としては現存最古の逸品です。
(手前)重要文化財《論語集解》何晏 著 教円 写 元応2年(1320) 名古屋市蓬左文庫 [展示期間中に巻替あり] / (奥)《孔子像》伝 戴進 中国・明時代 15~17世紀 公益財団法人斯文会[展示期間:11/27~12/23]
賢聖障子(けんじょうのそうじ)とは、御所の中で最も格式の高い建物である紫宸殿(ししんでん)で、天皇の背後を飾ったパネル状の障子。松や獅子、狛犬などとともに、中国古代の賢臣や聖人たちの肖像が描かれました。
絵師にとっては最も格式の高い画題であり、御所造営の際には歴代狩野派の頭領が担当しています。
(左から)《帝鑑図・咸陽宮図屛風》狩野宗眼重信 桃山時代 17世紀 静岡県立美術館[展示期間:11/27~12/23] / 重要文化財《賢聖障子絵》狩野孝信 慶長19年(1614)京都・仁和寺[展示期間中に面替あり]
南禅寺に伝わる重要文化財《二十四孝図襖》は、元は豊臣秀吉が建てた正親町院仙洞御所対面所の障壁画。南禅寺に建物ごと下賜されました。制作当時の華麗な様式が見て取れます。
(左から)重要文化財《二十四孝図襖》伝 狩野永徳 天正14年(1586)京都・南禅寺[展示期間中に面替あり] / 《両帝図屛風》狩野探幽 寛文元年(1661)根津美術館[展示期間:11/27~12/23]
13世紀以降の為政者と儒教の関係をみると、禅僧からの影響が大きかったことが分かります。
禅僧たちは朱子学や「儒教、仏教、道教の根源は同じとする」三教一致思想に関心を持ち、その成果を著作や絵画に表現。日本最古の学校である足利学校では、禅僧が歴代の校長を務めています。
展示されている《孔子坐像》は、足利学校の孔子廟で現在も祀られている像です。
(手前)栃木県指定文化財《孔子坐像》天文4年(1535)史跡足利学校事務所[全期間展示]
江戸時代になると、幕府は儒学者を重用、朱子学の普及を推進しました。これにより、武士から民衆に至るまで儒学が広まり、狩野派の絵師たちは儒教の価値観を反映した作品を多数生み出しました。
名古屋城二之丸庭園内の聖堂に祀られていた厨子は、扉に鳳凰と麒麟が表現され、聖賢像を納めるにふさわしい意匠です。
(手前)《聖像(帝堯像・文宣王(孔子)像・禹王像・周公旦像・帝舜像)・牡丹蒔絵祠堂形厨子》徳川義直 所用 江戸時代 17世紀 徳川美術館[全期間展示]
展覧会には湯島聖堂の歴史を物語る絵画や工芸品も展示されています。
寛永9年(1632)に林羅山は上野・忍岡の私邸内に孔子廟を作り、尾張徳川家の祖である徳川義直がそれを支援。後に孔子廟は五代将軍綱吉によって湯島に移され、現在の湯島聖堂になりました。
《湯島聖堂図》櫻井雪鮮 寛政11年(1799)東京都江戸東京博物館[展示期間:11/27~12/23] / 《聖堂之画図》菱川師宣 元禄4年(1691)公益財団法人斯文会[展示期間:11/27~12/23]
江戸時代も後期になると、儒教の知識は多くの層に普及しました。林羅山の子孫は代々「大学頭」として武士向けの教育を担い、民間でも儒教を研究し学びを深める人々が現れたことが特徴です。
「二十四孝」は孝行が特に優れた人物24人を取り上げた物語。元代の中国で成立。日本にも伝来して、浮世絵の題材にもなりました。
(左から)《二十四孝童子鑑 呉猛》歌川国芳 天保14~弘化元年(1843~1844)頃 平木浮世絵財団[展示期間:11/27~12/23] / 《二十四孝童子鑑 閔子騫》歌川国芳 天保14~弘化元年(1843~1844)頃 平木浮世絵財団[展示期間:11/27~12/23]
孟宗は二十四孝の一人。病気の母が冬に筍を食べたいと言ったため、竹林で祈りながら雪を掘ると奇跡的に筍が現れ、それを使って母に汁物を作ると、母の病は治り長生きしたとされています。
雪は豊作の前兆、冬も枯れずに伸びる竹は吉祥の象徴でもあり、長寿を意図する画題としてしばしば描かれました。
《雪中筍採模様筒描幕(丸に橘紋入)》明治~昭和時代 19~20世紀 サントリー美術館[展示期間:11/27~12/23] / 《雪中筍採模様筒描蒲団地(丸に橘紋入)》明治~昭和時代 20世紀 サントリー美術館[展示期間:11/27~12/23]
儒教について問われると「東洋的な道徳観」的な漠然としたイメージはあると思いますが、美術の側面から見てみると、日本文化の各所に、儒教の影響が深く根差していることが理解できます。
仏教美術の展覧会は何度も開かれていますが、儒教をテーマにした企画は珍しいこころみ。会期中に展示替えがありますので、ご注意ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年11月26日 ]