日本や東洋の古美術に親しんでもらうことを目的にした、三井記念美術館「美術の遊びとこころ」シリーズ。夏休み期間にあわせた企画で、今回で8回目となりました。
今年は人間がもつ「五感」がテーマ。味わう、耳をすます、匂いを嗅ぐ…。どんな美術鑑賞ができるでしょうか。
三井記念美術館「五感であじわう日本の美術」会場入口
展覧会の1章は「味を想像してみる」。食べ物をモチーフにした美術品などです。
冒頭は豪華な銀製の伊勢海老です。可動式の自在置物は、現代でいえばフィギュア。この伊勢海老は、触覚や脚、腹部などを動かすことができます。
《伊勢海老自在置物》高瀬好山 明治〜昭和時代初期・19〜20世紀
2章は「温度を感じてみる」。絵画のなかに描かれたモチーフを手がかりに、場所や季節、時間を読み解いていきます。
円山応挙の《山水図屏風》の左隻をみると、大河から立ち上る霧と、山を包む霞という湿潤な風景。マイナスイオン効果が期待できそうです。
円山応挙《山水図屏風》江戸時代・安永2年(1773)
続いて「香りを嗅いでみる」。においに結びつく記憶や感情がよみがえる現象を「プルースト効果」と呼ぶように、嗅覚は記憶と密接に関わりがあります。
日本の文化で香りに関係するものといえば、頂点といえるのが蘭奢待(らんじゃたい)でしょう。平安時代から伝来する香木で、天下一の名香。前田家の家臣の家老の家に伝わったとされるので、織田信長が切り取ったものの一部かもしれません。
《香木蘭奢待・錫合子》時代未詳
4章は「触った感触を想像してみる」。多くの工芸品は人の手で触れられることを前提につくられており、手触りは鑑賞ポイントのひとつといえます。
美術館では作品に触れることはできませんが、いかにもツルツルしていそうなのが、この水晶玉。天然鉱物である石英の透明な結晶を、丸く磨き上げたものです。素材が天然石なので、このように大きなものはとても貴重です。
《水晶玉・平目地水晶台》象彦(西村彦兵衛)明治〜昭和時代初期・19〜20世紀
5章「音を聴いてみる」では、美術品に表現された音に着目。
水野年方の「朝の雪」は、雪の中で小鳥を見つめる女性。雪には下駄の跡がついています。靴で雪を踏むと「キュッキュッ」ですが、下駄なら「ザクザク」でしょうか。
「三井好 都のにしき」より「朝の雪」 水野年方 明治時代・20世紀
五感ではありませんが、最後は「気持ちを想像してみる」。仏教では視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の五感に、意識や感覚を意味する「意」を加えて「六根」とする考え方があります。
想像するまでもなく激怒しているのが《能面 蛇》。嫉妬に狂い、恨みをつのらせて鬼になった女性の能面で、額に描かれた乱れ髪に女性だった名残がうかがえます。
重要文化財《能面 蛇》室町時代・14〜16世紀
やや敷居が高く感じられることもある古美術を、気軽に楽しむことができる「美術の遊びとこころ」シリーズ。ほぼ館蔵品だけでの構成ということもあり、全作品の写真撮影が可能というのも嬉しいポイントです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年7月1日 ]