平安時代中頃に和歌が流行すると、あわせるように広まったのが「歌絵」です。歌を絵画化したり、逆に絵画に触発されて歌が詠まれたりと、互いに影響しながら発展しました。
一方、物語は「語り」とあるように、本来は音読を聞くことが中心でしたが、巻物などに「物語絵」として描かれることで、目でも味わうものへと昇華していきました。
近世の人々が楽しんできた物語絵と歌絵を、館蔵の優品から紹介する展覧会が、泉屋博古館東京で開催中です。
泉屋博古館東京「歌と物語の絵」会場入口
まずは、和歌に関連する絵画「歌絵」から。重要文化財《上畳本三十六歌仙絵切 藤原兼輔》は、もとは三十六の歌仙を描いた二巻の絵巻でしたが、江戸時代以前に一名ずつ分割されたものです。
画面には畳が描かれ和歌も配されており、同じ三十六歌仙図でも余白が重んじられている「佐竹本」とは異なる印象です。
重要文化財《上畳本三十六歌仙絵切 藤原兼輔》詞:伝藤原為家 絵:伝藤原信実 鎌倉時代(13世紀)泉屋博古館
《柳橋柴舟図屏風》にある川・橋・山・柴舟は、宇治川のイメージです。実際の景色ではなく、数々の和歌を通じて培われてきたた、観念的な世界観が描かれています。
画中に蛇篭や柳などが入る「柳橋水車図」は、室町末期に成立し、桃山から江戸初期にかけて流行した様式です。
《柳橋柴舟図屏風》伝土佐広周 江戸時代(17世紀)泉屋博古館
《葛下絵扇面散屏風》は、60枚の扇面に『古今和歌集』『続古今和歌集』の古歌などが描かれた、豪華な作品です。
扇面の装飾は俵屋宗達や松花堂昭乗など江戸初期に流行した様式を意識しており、書も本阿弥光悦など江戸初期・寛永頃の自由なスタイルにならっています。
《葛下絵扇面散屏風》伝本阿弥光悦 江戸時代(18世紀)泉屋博古館
続いて「物語絵」。重要文化財《是害房絵巻》は、『今昔物語集』の巻第二十にある天狗の話をベースにした絵巻です。
中国から来朝した天狗の是害房は、叡山の僧との法力競べで負けてしまいますが、日本の天狗が湯治で介抱し、送別の歌会まで開いてくれました。
重要文化財《是害房絵巻》伝土佐永春 南北朝時代(14世紀)泉屋博古館
展覧会の目玉といえるのが《源氏物語図屏風》。作品には『源氏物語』五十四帖のうち十二帖が描かれていますが、レイアウトは物語の流れとは無関係で、スキャンダラスな場面が多いのも特徴的です。
作風は、岩佐又兵衛の一派に通じる表現。古典の人物が、恋愛に熱中し日々を謳歌する生身の人間として、いきいきと描かれています。
《源氏物語図屏風》江戸時代(17世紀)泉屋博古館
『竹取物語』は日本の物語文学のなかでも、最古の部類に入る物語。早くから、絵とともに語られてきました。
展示されている《竹取物語絵巻》は、絵の作者は不明ですが、やまと絵の伝統的な技法に習熟した描写が魅力的です。
なお竹取物語の冒頭は、竹藪で姫が見つかることから始まりますが、他の多くの絵巻同様、この作品でも冒頭部分は絵画化されていません。
《竹取物語絵巻》江戸時代(17世紀)泉屋博古館
日本が近代化するなかで 明治以降に流行した歴史画においても、描かれた人物から物語性を読みとくことができます。
原田西湖の《乾坤再明図》で踊っている女性は、天鈿女命(あまのうずめ)です。楽しそうな踊りにつられて、この後、天照大神が岩戸を開くことになります。大阪で開催された第五回内国勧業博覧会の出品作です。
(左から)猪飼嘯谷《鞍馬春色図》大正8年(1919)泉屋博古館[展示期間:6/1〜6/23] / 原田西湖《乾坤再明図》明治36年(1903)泉屋博古館[展示期間:6/1〜6/23]
展示室4では「没後100年記念 黒田清輝と住友」が同時開催中です。
日本近代洋画の発展に力を尽くした黒田清輝は、フランス留学から帰国すると、住友家第15代当主・住友吉左衛門友純(号:春翠)と親しく交友。裸体画論争の「腰巻き事件」でも知られる《朝妝》(焼失)も、春翠が購入しています。
須磨海岸にあった住友家の別邸に長く飾られていた《昔語り》も、1945年の空襲で焼失。ここでは、その《昔語り》の下絵や画稿、そしてふたりの交流を示す書簡などが紹介されています。
「没後100年記念 黒田清輝と住友」
精細な描写と豊かな色彩が魅力的な物語絵や歌絵。出展数はさほど多くありませんが、ストーリーにあわせたさまざまな表現は、じっくりと時間をかけて鑑賞いただきたいです。やまと絵のイメージにあふれる、雅やかな会場をお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年5月31日 ]