樹木から採れる樹液を使い、天然の接着剤として、あるいは表面に艶と光沢を与える塗料として。アジアにおいて漆は、その特性を活かしてさまざまなシーンで用いられてきました。
住友コレクションの漆芸品の名品を紹介しながら、くらしの中での漆芸品について考えていく展覧会が、泉屋博古館東京で開催中です。
泉屋博古館東京 外観
現代の生活で漆はあまり使われなくなりましたが、最も多いシーンは食事の場でしょうか。重箱や椀など、来客用の特別な食器などに漆の器をお待ちの方も多いと思います。
住友コレクションの漆芸品は、江戸時代から続く大阪の商家・住友家が蒐集したもの。もちろん、庶民の漆器とはだいぶ差があります。
《唐草文梨子地蒔絵提重》は、外に持ち出すための弁当箱ですが、徳利以外は全て漆器。金銀高蒔絵の豪華な逸品です。
《唐草文梨子地蒔絵提重》明治時代 19世紀
圧巻は、30名分という会席膳セット。展示ケース内にぎっちりならびますが、まだまだ全部は展示しきれていません。大阪船場の東門商店(東門五兵衛)に特注したもので、随所に見える三つの抱茗荷紋は住友家の家紋です。
《花鳥文蝋色蒔絵会席膳椀具》東門五兵衛 明治時代
茶の湯でも漆の道具は数多く用いられます。
《青貝芦葉達磨香合》は、八角形に面取りされた香合の身は、中国からの渡来品。その身に合う蓋は、足利義政がつくらせたものです。織田有楽斎から建仁寺正伝院に伝来し、近代になって住友春翠が手に入れました。
《青貝芦葉達磨香合》明時代 16世紀 / 《朱塗菱形十字花弁盆》明時代 16世紀
香木を焚いて香りを聞く香道は、混ぜ合わせた香と源氏物語を結びつけた「源氏香」のように、古典の教養が必要です。おのずと、香道で使われる道具にも、文学的な意匠が好まれました。
《吉野山蒔絵十種香箱》には、桜満開の野原に幕が張られた情景を表現。箱の中まで桜に満ちています。
《吉野山蒔絵十種香箱》江戸時代 18-19世紀
能管とは、能楽の囃子方が用いる横笛。胴には樺桜の皮が巻かれ、墨漆を塗って固めています。頭部分には平蒔絵で雨龍と雷文を表し、金時絵で「薄雲」と銘が入っています。
この笛を納める筒と箱にも、豪華な蒔絵が施されています。
《能管 銘「薄雲」》江戸時代 17世紀
大きな展示室3では、技法別に漆芸が紹介されています。
漆塗面をキャンバスにして、金銀などの金属粉で文様を描く「蒔絵」は、日本独自の技法。文様部分が漆地と同じ高さの「研出蒔絵」、文様がわずかに盛り上がる「平蒔絵」、大きく盛り上がっている「高蒔絵」があります。
《蜻蛉枝垂桜蒔絵香箱》江戸時代 17世紀
「螺鈿」はヤコウガイ、アワビなど輝く真珠層を持った貝を文様に切り抜いて、器物に貼ったり嵌め込んだりする技法。この手法は、東アジア各地で広まりました。
厚さ0.1mm前後の貝を用いる薄貝法は、地が黒漆の場合には貝が透けて青く見えることから、日本の茶道具などでは「青貝」という名でも呼ばれます。
《仙人図螺鈿食籠》元時代 14世紀
一度固まると頑丈な塗膜となる漆は、刀による彫刻が可能。この性質をうまく利用したのが「彫漆」です。何層にも塗り重ねた漆層に文様を彫り込む技法で、中国で大きく発展しました。
一番上の面に用いられた漆が、朱なら「堆朱」、黄なら「堆黄」、黒なら「堆黒」となります。
《龍図堆黄円盆》明 万暦17年(1589)
中国の文人は、自らの書斎である「文房」を理想の空間にするため、その道具である「文房具」にも美をもとめ、漆芸品が好まれました。
《花鳥文堆朱軸盆》は、書斎で楽しむための掛け軸や巻子を置くための盆。これら唐物の軸盆は、日本では床の間空間に持ち込まれ、特に違棚で巻物を巻いたまま飾る際に使われました。
《花鳥文堆朱軸盆》清時代 17-18世紀
会場後半では、近年、泉屋博古館東京に寄贈された故・瀬川竹生氏の染付大皿コレクションを受贈後初めて公開。絵付け職人の美意識が反映された、斬新で大胆な文様をお楽しみいただけます。
「受贈記念 伊万里・染付大皿の美」
コレクションだけでの構成ですが、漆芸の世界を網羅的に楽しめる展覧会。技法についても分かりやすく解説されているので、漆芸鑑賞の初心者にもおすすめいたします。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年1月19日 ]
※作品はすべて泉屋博古館東京蔵