今年もこの季節がやってきました。毎年、年末年始にあわせて公開されている国宝《雪松図屏風》とともに、今回は能面と能装束、能楽器などを展示。新年を迎える恒例の展覧会が、三井記念美術館で開催中です。
展示室1
会場の前半は能面の展示です。アクリルの台に能面が架けられているので、裏側まで鑑賞する事が可能です。
翁、尉、鬼神、男、女の5種類に分類できる能面。ただし、同じ種類でも表情はそれぞれの面で違いが見られます。
冒頭の《翁(白色尉)》は、天下泰平・五穀豊穣を祈る演目『翁』で主役の翁が掛ける面。皺は丸みを帯びて盛り上がり、肌の質感も柔らかく見えます。
重要文化財《翁(白色尉)》伝春日作 室町~桃山時代・14~17世紀
一方《三番叟(黒色尉)》は、同じ『翁』の演目で、前述の翁の次に登場する面ですが、翁よりも明るい表情。
皺や瞼などの彫り口が、翁よりシャープです。
重要文化財《三番叟(黒色尉)》伝春日作 室町時代・14~16世紀
《景清》は、源氏に敗れて流罪とされ、盲目になった武将・平景清の晩年の姿を表した面です。
能の『景清』では、平家が滅亡した世を見かねて、平景清は自ら両目をえぐり取ったと言われており、瞼が凹んだかたちで表現されています。
重要文化財《景清》出目満照作 桃山時代・16世紀
お待ちかねの国宝《雪松図屏風》は、展示室4で展示。
左右には能装束が並び、とても華やかな印象です。
展示室4 奥に国宝《雪松図屏風》
能装束はさまざまな種類があり、組み合わせや着方で配役の性格を表します。
「唐織」は能装束の種類のひとつで、最も豪華絢爛。紅色が入ると若い女性役の装束となり、《紅白段草花虫籠模様唐織》は、典型的な紅入の唐織です。紅白の段替わりの地には、草花と虫籠が表現されています。
《紅白段草花虫籠模様唐織》明治時代・19世紀
「厚板」は厚みのある装束で、主に男性役が着用します。
《紅地毘沙門亀甲鳳凰丸獅子模様厚板》は、鳳凰と獅子のデザイン。この文様か毘沙門天の甲冑に多用されることから、毘沙門亀甲の名で呼ばれます。
(左から)《紅地毘沙門亀甲鳳凰丸獅子模様厚板》明治時代・19〜20世紀 / 《紅地青海波波丸模様厚板》明治時代・19〜20世紀
国宝《雪松図屏風》についてもご紹介しましょう。
円山応挙の傑作として名高いこの作品は、雪の中で屹立する松の姿を描いたもの。用いられているのは墨と金泥のみで、雪景色ながら雪は描くのではなく、紙の白色を残すことで表現しています。
近現代の京都画壇までその系譜が続く円山派の祖、円山応挙ですが、国宝に指定されているのはこの作品のみです。
国宝《雪松図屏風》円山応挙筆 江戸時代・18世紀
奥に長い展示室5でも、能面を紹介。ここでは、能面の表情をつくる要である目と口に焦点を当てています。
『鞍馬天狗』などに登場する天狗の面である《大癋見》は、超人的な力を金色の目で表現。横に並ぶ《山姥》は黒目の部分だけが金色になっており、神秘的な性格を示しています。
(左から)重要文化財《大癋見》伝赤鶴作 江戸時代・17世紀 / 重要文化財《山姥》伝福来作 室町時代・14〜16世紀
最後の展示室は、能面作家の橋岡一路氏(1931-2023)からの寄贈品を紹介する特集展示です。観世流の名門に生まれた橋岡一路氏は、戦後、能面作家の道に進み、能面の制作と修復で活躍しました。
展示されているのは、橋岡氏の卓越した技術から生まれた「古面」の写し。三井記念美術館が所蔵し、本展では展示室2に出ている《孫次郎(ヲモカゲ)》の写しもあります。
特集展示「橋岡一路氏 新寄贈能面」
裏側まで見せるこのかたちで能面が並ぶのは、2014年の「能面と能装束 ─ みる・しる・くらべる ─」以来、9年ぶりです。
能面が宙に浮かぶような展示空間と、新年に相応しい国宝の競演をお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年12月7日 ]