世界中で絶大な人気を誇るポスト印象派の巨匠、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890)。ゴッホはさまざまなジャンルの作品を描きましたが、その中のひとつが《ひまわり》に代表される静物画です。
17世紀から20世紀初頭までのヨーロッパの静物画の流れの中でゴッホを再定義し、あらためてその革新性に光を当てた展覧会が、SOMPO美術館で開催中です。
SOMPO美術館「ゴッホと静物画 ― 伝統から革新へ」
展覧会は第1章「伝統 / 17世紀オランダから19世紀」から。花や果物、食器、狩りの獲物など、生命を持たない事物を描いた絵画が静物画です。市民階級が台頭し、経済的に発展したネーデルランドやフランドル(現在のオランダ、ベルギー)で、17世紀に確立しました。
ゴッホ自身が油彩で静物画を本格的に手がけるのは、画家になる決意を固めた約1年後からです。人物を描く画家を目指していたゴッホにとって、静物画は絵画の技法を習得するための手段のひとつでした。
(右手前)フィンセント・ファン・ゴッホ《麦わら帽のある静物》1881年 クレラー=ミュラー美術館、オッテルロー © 2023 Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands
静物画の中で、人生のはかなさや死を連想させる事物を描き、虚栄を戒めるメッセージを込めた作品は、ラテン語で「空虚」を意味する「ヴァニタス」と呼ばれます。
命の短さを象徴する火の消えたロウソク、美のはかなさを暗示する萎れた花などが題材になり、特に頭蓋骨は「メメント・モリ(死を忘れるな)」の象徴として多くの作品に描かれました。
(左)ピーテル・クラース(1597-1660)《ヴァニタス》1630年頃 クレラー=ミュラー美術館、オッテルロー © 2023 Collection Kröller-Müller Museum, Otterlo, the Netherlands
第2章は「花の静物画 / 「ひまわり」をめぐって」。17世紀には花の静物画も盛んに描かれました。古くから宗教画に描かれてきたユリやアイリスなどのほか、新大陸からもたらされた植物や高価な園芸種などもモチーフになっています。
チューリップは16世紀にヨーロッパに伝わり、17世紀のオランダでは人気の園芸種になりました。熱狂的な流行は、球根の暴落による「チューリップ・バブル」と呼ばれています。
(左から)ピーテル・ファン・デ・フェンネ《花瓶と花》1655年 ギルドホール・アート・ギャラリー、ロンドン Guildhall Art Gallery, City of London Corporation / ジョルジュ・ジャナン《花瓶の花》1856〜1925年頃 ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
展覧会のメイン作品であるゴッホの 《アイリス》と 《ひまわり》は、ここに並んで登場します。 《ひまわり》はいつもと違う場所で展示されているので、SOMPO美術館ファンの方も、少し新鮮な気持ちで作品に向き合うことができると思います。
SOMPO美術館「ゴッホと静物画 ― 伝統から革新へ」 第2章「花の静物画 / 「ひまわり」をめぐって」
《アイリス》は、サン=レミ=ド=プロヴァンスでの療養生活を終える頃に描いた、2点のアイリスの静物画のうちのひとつです。黄色と紫を対比させる色彩の試みとして描かれました。
画面右の垂れた花は、《ひまわり》の構図にも共通しています。
フィンセント・ファン・ゴッホ 《アイリス》1890年 ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
SOMPO美術館が誇る《ひまわり》は、「黄色い背景のひまわり」(ロンドン、ナショナル・ギャラリー蔵)をもとに、1888年11月下旬から12月上旬に描かれたものです。
色彩や構図はロンドン版と同様ですが、筆遣いや色調に微妙な変化を加えています。
フィンセント・ファン・ゴッホ 《ひまわり》1888年 SOMPO美術館
第3章は「革新 / 19世紀から20世紀」。ポスト印象派の時代になると、画家たちは「見たままを写す」という印象主義の考えに疑問を持ち始め、絵画は大きな転換点を迎えました。
ゴッホをはじめポール・ゴーギャン、ポール・セザンヌら「ポスト印象派」の画家たちは、静物画でも新しく自由なスタイルを展開していきます。
ポール・セザンヌ(1839-1906)《りんごとナプキン》1879-80年 SOMPO美術館
《ばらと彫像のある静物》は、ゴーギャンがフランス北西部ブルターニュ地方の小村、ル・ブルデュで描いた作品です。
ゴーギャンが滞在していた宿「ビュヴェット・ド・ラ・プラージュ(浜辺の食堂)」の食堂を描いたもので、花瓶の横に置かれた裸婦像はゴーギャン自身が制作。後に、宿の女主人に借金の返済の代わりに渡したというエピソードが伝わります。
(右手前)ポール・ゴーギャン(1848-1903)《ばらと彫像のある静物》1889年 ランス美術館 Reims, Musée des Beaux-Arts
国内外25か所からの全69点が出展、うち25点はゴッホによる油彩画という豪華な展覧会。多くの作品は一般も撮影可能というのも、強調しておきたいポイントです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年10月16日 ]