世間の俗事から離れて、穏やかな自然の中で時に友と語り、煎茶や酒を楽しむ「隠遁」生活。中国や日本で古くから人々が憧れた隠遁の暮らしぶりを知ることができる展覧会が、泉屋博古館東京で開催中です。
泉屋博古館東京「楽しい隠遁生活 文人たちのマインドフルネス」会場入口
会場では、田舎暮らしのスローライフを求める「楽しい」隠遁から、厳しい現実を積極的に切り抜ける「過激な」隠遁まで、多様な隠遁スタイルを4つの章に分けて紹介しています。
第1章は、自由へのあこがれ「隠遁思想と隠者たち」。古代中国の「許由」や三国時代末の「竹林の七賢」、南北朝時代の「陶淵明」らは、知識階級に属しながらも世間から隠れて高潔に生き、自然の中で暮らす隠遁の道を選びました。彼らを規範としたのが、平安・鎌倉時代の「西行」や、江戸時代の「芭蕉」ら、日本の文人たちです。
自由へのあこがれ「隠遁思想と隠者たち」展示風景
橋本雅邦は、中国古代の伝説の隠者、許由を描いています。松の枝にかけていた水や酒を飲みための盃瓢の音が風の音を邪魔するため、好んで使っていた盃瓢を割って捨ててしまうという「徒然草」の逸話をテーマにした、孤高の精神性を感じさせる作品です。
橋本雅邦《許由図》明治33年(1900)
第2章は「理想世界のイメージ」。陶淵明が著した『桃花源記』に登場する「桃源郷」は、世の束縛を受けず、自然の摂理に従って自由に生きる理想的な世界でした。人々は桃源郷に憧れ、絵画や煎茶の中において季節のうつろいや茶や酒を楽しむ暮らしを夢想しました。
幕末明治初期に京都で活躍した南画家の中西耕石による《桃花流水図》は、中国の詩人・李白が陶淵明に読んだ「山中問答」をなぞらえています。東屋やその外で岸辺に咲く桃を観覧する人々。ありそうで現実にはない、理想的な暮らしぶりがえがかれています。
中西耕石《桃花流水図》江戸時代後期~明治時代(19世紀)
大自然のなかで飲食や音楽を楽しむことは、老若男女を問わず人々の楽しみと言えますが、隠遁者たちは自然との共生を第一義に考え、大自然の絶景の中における人間のあり方などに想いを巡らしました。
第3章「楽しい隠遁 ― 清閑の暮らし」では、書斎や観瀑を主題にしながら、雄大な自然に対していかに人間が小さな存在かを表した山水画を紹介しています。
「楽しい隠遁 ― 清閑の暮らし」会場
自身のアトリエで孤独を愉しむ姿を描いたのは、岸田劉生です。関東大震災後に京都で暮らしていた劉生が晩年に過ごした鎌倉長谷での季節の移ろいに心境を託した《塘芽帖》。冬の寒さに臥している山人は、1人孤独な自身を比喩している姿に見え、劉生の画帖における絶筆とされている作品です。
岸田劉生《塘芽帖》昭和3年(1928)頃
孤独な生活を行うだけでなく、草庵や茅屋で書画を嗜み、時に飲酒を愉しむのも隠遁の大きな楽しみの1つです。第4章「時に文雅を楽しむ交遊」では、隠遁の境地でしか得られない感性に裏打ちされた、多くの人々に愛好される作品を紹介します。
村田香谷が描いたのは、中国宋代に西園で催された文人たちの雅集です。大画面を埋め尽くすように、濃厚でありながら細密な表現の中に16人の文人が描かれています。
村田香谷《西園雅集図》明治37年(1904)
現実世界に懐疑や違和感を感じ、一定の距離をおく隠遁ですが、その距離の置き方はさまざまです。中国・日本の文人たちが求めた理想の隠遁の姿は、現代の生活にも通ずるものがあり、照らし合わせながら鑑賞することができそうです。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2023年9月1日 ]