1980年代のニューヨークで活動をはじめ、ストリート・アートの先駆者と言えるキースヘリング(1958-1990)。シンプルながら個性的な作品は高く評価され、世界中で愛されました。
へリングに魅せられて作品を蒐集さた実業家の中村和男氏が、コレクションを公開する場として開設したのが、中村キース・へリング美術館です。現在、ふたつの展覧会が開催されています。
中村キース・へリング美術館
2007年、中村氏の故郷である山梨県小淵沢にオープンした中村キース・へリング美術館。傾斜した地形を活かした建築家・北川原温による独特の建物も含めて、アートファン・建築ファンから注目を集めている美術館です。
開催中の展覧会は、ひとつめがコレクションからなる「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展。ヘリングの社会との関わりや、その活動の今日的な意義に着目して企画されました。
細い通路を通って会場へ
展覧会は4章構成で、第1章は「アンダーグラウンド・カルチャー」です。
1978年、ペンシルベニアの田舎町からニューヨークに出てきたヘリング。街に描かれていたグラフティに魅了され、地下鉄の空き広告スペースにチョークで絵を描く「サブウェイ・ドローイング」を始めました。
80年代のニューヨークは、ナイトクラブのカルチャーが隆盛を極めていました。ヘリングが愛したクラブ、パラダイスガレージは、ゲイの黒人やラテン系アメリカ人が主な客層。ヘリングはこのクラブに1983年から5年間、毎週通っていました。
第1章「アンダーグラウンド・カルチャー」
第2章は「ホモエロティシズムとHIV・エイズ」。男性器のモチーフは、ヘリングの作品にしばしば見られます。ヘリングは性的少数者への差別や偏見が強かった80年代に、自身がゲイであることをオープンにして活動していました。
1981年に最初のエイズが報告されると、ゲイコミュニティーへの差別や偏見は強まりますが、逆にHIV・エイズを取り巻く問題に無関心な政府への抗議活動も活発化していきます。
ヘリング自身も、エイズと戦いながら抗議活動に参加。1990年に亡くなるまで、アートを通じてHIV・エイズとともに生きる人々を支援しました。
第2章「ホモエロティシズムとHIV・エイズ」
展覧会の後半に進むと、天井の高い大きな「希望の展示室」。広々とした空間に、巨大な立体作品などが並びます。
会場は一般の方も撮影可能です。映える写真がたくさん撮ってください(スマホや携帯電話以外のカメラは持ち込み禁止。動画は撮影できません)。
「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」展 会場風景
第3章は「社会に生きるアート」。へリングはアートを通して様々な社会活動を行い、子どもたちの教育・福祉活動にも力を注ぎました。子どもたちのためにさまざまな作品を制作、多くのワークショップを行っています。
《マウント・サイナイ病院のための壁画》は、米国最大規模の病院の小児病棟にヘリングが制作した壁画です。1989年に小児病棟の建物が取り壊されたことに伴い、30年以上にわたって保管されており、本展で日本初公開となります。
第3章「社会に生きるアート」 《マウント・サイナイ病院のための壁画》1986年
第4章は「ニューヨークから世界へ」。ソーホーの大手画廊と契約を結びスターダムにのし上がったヘリングは、国外で多くの個展を開催しました。
1987年には、ドイツで開催された遊園地型の現代アート展「ルナルナ」に、ロイ・リキテンスタイン、ヨーゼフ・ボイス、サルヴァドール・ダリらとともに参加。ヘリングはメリーゴーラウンドをデザインしています。
第4章「ニューヨークから世界へ」 《ルナルナ、詩的な狂騒劇!》1986年
もうひとつの展覧会は、ニューヨークを拠点に、半世紀にわたってファッションシーンを牽引してきたパトリシア・フィールド(1942-)のアートコレクションをご紹介する「ハウス・オブ・フィールド」展です。
映画『プラダを着た悪魔』やテレビドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の衣裳デザイナー、スタイリストとして活躍したパトリシア・フィールドのコレクションを紹介しています。
「ハウス・オブ・フィールド」展 会場風景
自身を慕うアーティストに対して、作品を購入することでアーティストを支援してきたパトリシア・フィールド。それらの作品は彼女のブティックを彩っていました。
店は2016年に惜しまれながら閉店し、彼女のアートコレクションの主要作品約190点は、中村キース・ヘリング美術館に収蔵されました。本展では、スーザン・ピットなど著名な作家から、無名の作家まで、約130点が展示されています。
「ハウス・オブ・フィールド」展 会場風景
中村キース・へリング美術館は、周辺に広がる複合リゾート「小淵沢アート&ウェルネス IKIGAI Village」のひとつ。美術館の隣にある、同じく北川原温が設計したホテルキーフォレスト北杜をはじめ、宿泊施設、ゴルフ、温泉、フィッシング、BBQなど、さまざまなアクティビティが楽しめます。
今年12月には、森アーツセンターギャラリーでも「キース・へリング展」が開催されます。予習も兼ねて、小淵沢までお越しください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年6月2日 ]