太古の昔に絶滅した恐竜。恐竜の「真の姿」をめぐる議論は、科学の進歩とともに更新を続けています。
もちろん新たな発見は素晴らしい事ですが「昔のイメージと違う」と、ややしっくりこない人もいるのではないでしょうか。そんな「恐竜イメージの変遷」に注目したユニークな展覧会が、上野の森美術館で開催中です。
上野の森美術館 特別展「恐竜図鑑 -失われた世界の想像/創造」会場外観
展覧会は第1章「恐竜誕生 ― 黎明期の奇妙な怪物たち」から。18世紀に大きな進歩を遂げた自然科学。断片的な化石から絶滅した動物の姿を復元する方法論を、フランスの学者が確立し、古生物学も発展していきます。
古生物の生態を復元した史上初の作品のひとつとされる版画が《ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)。魚竜イクチオサウルスが首長竜プレシオサウルスを捕食するシーンです。
ロバート・ファレン《ジュラ紀の海の生き物—ドゥリア・アンティクィオル(太古のドーセット)》1850年頃 ケンブリッジ大学セジウィック地球科学博物館
1822年、イングランドの医師が、後にイグアノドンと命名する動物の骨を発見。前年に論文に記載されたメガロサウルスとともに、記念すべき最初の恐竜になりました。
これらの発見以降、画家たちによって恐竜の生前の姿を再現する試みが進められます。魚食の魚竜が巨大な首長竜を食べているなど、明らかな誤りもありますが、奇妙な表現も魅力のひとつです。
(左から)ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ《ジュラ紀初期の海棲爬虫類》1876年 プリンストン大学地球科学部、ギヨー・ホール / ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ《ジュラ紀の生き物—ヨーロッパ》1877年 プリンストン大学地球科学部、ギヨー・ホール / ベンジャミン・ウォーターハウス・ホーキンズ《白亜紀の生き物 —ニュージャージー》1877年 プリンストン大学地球科学部、ギヨー・ホール
展覧会の核といえるのが、第2章「古典的恐竜像の確立と大衆化」。1878年から80年にかけて、ベルギーで30体以上のイグアノドンの化石が発掘され、恐竜イメージは新しい時代に入りました。
パレオアート(古生物美術)史上最大の巨匠とされるのが、チャールズ・R・ナイトです。恐竜をいきいきとした姿で描いたナイトの作品は、アメリカの博物館で使われたほか、1925年の映画「ロスト・ワールド」などにも影響を与えています。
チャールズ・R・ナイト《白亜紀—モンタナ》1928年 プリンストン大学
ナイトよりも少し後の時代に活躍したズデニェク・ブリアンも、パレオアートの大家です。ヨーロッパ美術のリアリズムの伝統を踏まえ、国際的にも高く評価されました。
ナイトやブリアンらの作品は日本の図鑑にも模写され、恐竜イメージが広まっていきました。それらの作品が持つ印象の強さゆえに、今の恐竜の姿に違和感を感じる人が多いのかもしれません。
(左から)ズデニェク・ブリアン《イグアノドン・ベルニサルテンシス》1950年 モラヴィア博物館、ブルノ / ズデニェク・ブリアン《タルボサウルス・バタール》1970年 モラヴィア博物館、ブルノ
続いて第3章は「日本の恐竜受容史」。19世紀に欧米で成立した恐竜のイメージは、世紀末には日本に入ってきました。「恐竜」という訳語は、古生物学者の横山又次郎が命名。以来、科学雑誌や啓蒙書、子供向けの漫画や絵物語、『地底旅行』や『失われた世界』など古典SFの翻訳など、恐竜を主題にした出版物が刊行されてきました。
所十三は、恐竜をテーマに数々の漫画を制作しています。『DINO²(ディノ・ディノ)』は、所十三の代表作です。
所十三『DINO²』漫画原稿 2002年 作家蔵
恐竜が持つ強い力のイメージ、また、儚く滅びていく運命などが画家を刺激するのでしょうか。ファインアートの分野でも、恐竜はしばしばモチーフになってきました。
福沢一郎、立石紘一などが恐竜を自身の作品に取り込んでいます。
(左奥から)立石紘一《アラモのスフィンクス》1966年 東京都現代美術館 / 福沢一郎《爬虫類滅びる》1974年 富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館 / 福沢一郎《爬虫類はびこる》1974年 富岡市立美術博物館・福沢一郎記念美術館
第4章は「科学的知見によるイメージの再構築」。1960年代から70年代にかけて、恐竜は従来考えられていた「鈍重な変温動物」ではなく「活発に動く恒温動物」だったという説が支配的になり、恐竜のイメージは大きく変わりました。
「恐竜ルネサンス」と呼ばれるこの変革は、パレオアートの分野にも大きな刺激を与えました。新しい表現のアーティストが、次々と登場しています。
(左から)マーク・ハレット《縄張り争い》1986年 インディアナポリス子供博物館(ランツェンドルフ・コレクション) / マーク・ハレット《ディプロドクスの群れ》1991年 福井県立恐竜博物館
小田隆は、現代日本を代表するパレオアーティストです。抜群の技量を持ち、肉筆で圧倒的な迫真性を生み出しています。
小田隆《篠山層群産動植物の生態環境復元画》2014年 丹波市立丹波竜化石工房
恐竜の展覧会といえば、化石や復元骨格が並ぶイメージですが、本展は基本的には絵画展(一部、立体作品もあります)。画家たちが想像力たっぷりに描いてきた太古の姿は、真実かフィクションかという枠を超えて見応えがあります。
展覧会は兵庫県立美術館からの巡回展。東京展が最終会場です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年5月30日 ]