2022年、東京国立博物館が所蔵する国宝すべてを公開した「国宝 東京国立博物館のすべて」がまだ記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。東京国立近代美術館では、明治以降の絵画・工芸・彫刻のうち重要文化財に指定された作品を紹介する展覧会が開催中です。
重要文化財は、1950年に公布された文化財保護法に基づいて国の文化史上貴重なものに定められたもので、2023年現在68件が指定されています。会場にならぶ51件の中から、いくつかの作品を紹介していきます。
東京国立近代美術館「重要文化財の秘密」会場入口
最初に紹介するのは、今年で制作から100年となる横山大観《生々流転》。2018年に同館で開催された「生誕150年 横山大観展」でも展示された作品です。
山奥の一滴の水がやがて大河となり、海へ注がれ、嵐とともに龍となり天へ還るという水の輪廻を表現した水墨絵巻は、全長40メートルもの大作です。1923年の展覧会で披露されましたが、初日の9月1日に関東大震災が発生。会場から救い出されたというエピソードも残ります。
横山大観《生々流転》 1923年(大正12年) 東京国立近代美術館 [通期展示]
続いては、菱田春草。西洋絵画の空間表現を意識し、大観とともに空気や光を描く方法として輪郭線をぼかす手法を試みた春草ですが、かたちが不明瞭となり色が濁ることもあったため朦朧体と非難を受けます。
改良を重ね描かれた《王昭君》では、人物を色線で引き立てる工夫がほどこされています。また近年の調査で女性たちの衣装の部分には、西洋顔料が用いられていることも判明しています。
菱田春草 《王昭君》 1902年(明治35年) 善寳寺(東京国立近代美術館寄託) [展示期間:3/17~4/16]
1967年には洋画のうち、高橋由一《鮭》、浅井忠《収穫》、青木繁《海の幸》の3点が、初めて重要文化財に指定されました。
西洋から油絵を学んだ高橋由一は、質感表現に興味を抱き、ごわごわした皮と脂ののった鮭の質感を見事に描き分けています。由一は明暗のコントラストをつけるため、暗い室内に行灯や蝋燭をともして展示していたとも言われています。
(手前)高橋由一《鮭》 1877年(明治10年) 東京藝術大学 [通期展示]
ドイツで油彩画を学んだ原田直次郎は、西洋の宗教画の描き方を身に着け、仏教的な主題の作品を描きました。
伝統的な仏画と異なり、遠近法や陰影が取り入れられたリアルな描写で生身の女性を表し《騎龍観音》は、当時非難が多かった作品です。
しかし、その後東西の異文化が出会った当初の典型的な作品として再評価され、2007年に重要文化財に指定されました。
原田直次郎《騎龍観音》 1890年(明治23年) 護國寺(東京国立近代美術館寄託) [通期展示]
ロマン主義的な傾向をかんじられる和田三造の《南風》は、伊豆半島沖に3日間漂流した自身の実体験をもとに描かれたものです。 24歳にして文展の最高峰を受賞したことで、当時大きな反響を呼びました。
画面中央には日本人離れした逞しい身体の男性を配した、神話の人物のような理想的な姿で描かれています。
(中央)和田三造《南風》 1907年(明治40年) 東京国立近代美術館 [通期展示]
明治以降の「彫刻」作品の中で重要文化財に指定されたものは、わずか6件です。
江戸時代の仏師の伝統を受け継ぎながらも西洋の造形思考を取り入れ、生き生きとした木彫を生み出した高村光雲の《老猿》は、1999(平成11)年に指定されました。左手に鳥の羽を握る猿の様子を匠に表現したこの作品は、光雲の代表作のひとつです。
高村光雲《老猿》 1893年(明治26年) 東京国立博物館 [通期展示]
色とりどりの金属で作られた12羽の鷹は、1893年のシカゴ万博に出品するため24人もの職人が動員され制作されましたもの。鈴木長吉による指揮のもと、実際に鷹を飼い骨格や体形、習性を観察し、羽の細部まで精密に捉えています。
近年の科学的調査により電気メッキの技術が用いられた可能性が指摘されたことが契機となり、2019年に指定されました。
鈴木長吉《十二の鷹》 1893年(明治26年) 国立工芸館 [通期展示]
奇妙に変形された壺の上に本物そっくりの二匹の渡り蟹が装飾された工芸品を制作したのは、初代宮川香山です。
奇古なる作風で海外の人々の目を驚かせた明治の輸出工芸は、欧米向けの土産物として国内での評価が低い時代がつづきましたが、1990年以降に進展した博覧会研究のにより再評価。明治工芸の代表作のひとつとして2002年に重要文化財に指定されました。
(左から)初代宮川香山《褐釉蟹貼付台付鉢》 1881年(明治14年) / 初代宮川香山《釉銹絵梅樹図大瓶》 1892年(明治25年) / 三代清風与平《白磁蝶牡丹浮文大瓶》 1892年(明治25年) すべて東京国立博物館 [通期展示]
最後に紹介するのは、東京美術学校で高村光雲から木彫を学んだ板谷波山の作品。独自の艶消し釉が用いられた板谷波山の出世作です。青銅器コレクターで知られる大阪の住友男爵が当時、1,800円(現在の約500万円)の破格で買い上げた一品です。
板谷波山《葆光彩磁珍果文花瓶》 1917年(大正6年) 泉屋博古館東京 [通期展示]
明治から昭和にかけての名品をジャンルを問わず満喫することができる本展覧会。日本画と洋画は会期中に展示替えがありますが、彫刻と工芸は通期でお楽しみいただけます。 会期の後半で展示される、黒田清輝の《湖畔》や菱田春草の《黒き猫》なども必見です。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2023年3月16日 ]