古くから美術の題材として描かれてきた、日本の四季折々の風景。日本の豊かな風景を通して描かれた、江戸時代から現代までの浮世絵、日本画、洋画を紹介する展覧会が、山種美術館で開催中です。
会場風景
まず紹介するのは、『伊勢物語』の「東下り」を題材にした酒井抱一の《宇津の山図》。主人公が宇津の山で出会った修行者に、都に残した女性への手紙を託す場面を描いたもので、琳派の絵師たちも数多く取り組んだテーマのひとつ。抱一らしい柔らかい優美な曲線と色彩で、大和絵的な技法が特徴です。
酒井抱一《宇津の山図》 19世紀(江戸時代) 山種美術館
漁村の風景を主題に作品を描いたのは、川端玉章。円山応挙以来の円山派の流れをくむ玉章は、一時期、高橋由一に油絵を習ったこともありました。画面からは、西洋画の影響がうかがえる遠近感のある構図や細部まで描いた人物、円山派らしい松や岩の輪郭線が用いられてることがわかります。
(左から)川端玉章《海の幸図》 1892(明治25)年頃 / 横山大観《喜撰山》 1919(大正8)年 いずれも山種美術館
西洋の医学が日本に入ってきた明治時代当初、病気治療や保養を目的として海水浴場が開設されます。相模湾一帯の海水浴場は人気となり、その後、行楽地として発展。「近代洋画の父」と呼ばれる黒田清輝は、そんな海水浴場で、海中から出ている棒につかまる人々の様子を描きました。
パリの風景を描いた佐伯祐三の作品も展示されています。佐伯の作品では、看板などの“文字”が描かれていることも特徴のひとつです。“野外で写生をしているために舞った砂埃らしきものが絵画の中に塗り込まれているのも見ることができます。”(山下裕二教授・談)
(左から)佐伯祐三《レストラン(オ・レヴェイユ・マタン)》 1927(昭和2)年 / 黒田清輝《湘南の海水浴》 1908(明治41)年 いずれも山種美術館
本展で最も注目の作品が、奥入瀬の春夏秋冬を描いた石田武による4部作。 春と夏を描いた作品は37年ぶりの公開となるほか、連作4点が揃うのは作品の発表時以来となります。
会場風景 (中央)石田武《四季奥入瀬 春渓》 1985(明治60)年 個人蔵
石田武は、動物図鑑などのイラストレーターとして活躍した後、日本画に転向。雄大な自然や動物を描き、写実の中に繊細さも感じる独自の画風を展開します。冬から解放され流れだす雪解けの水を描いた春、カワセミが描かれている夏の様子、紅葉したヤマモミジ、奥入瀬の冬景色と四季それぞれの様子が現れています。
会場風景 (手前から)石田武《四季奥入瀬 瑠璃》 《四季奥入瀬 秋韻》 《四季奥入瀬 幻冬》 いずれも1985(明治60)年 個人蔵
木曾川と長良川に囲まれた濃尾平野・福原輪中の様子を描いたのは田渕俊夫。洪水という自然の脅威にいくどとなくさらされながらも、平穏に生きる人々の様子を感じさせる作品。画面に近づくと、空の部分には田渕がアルミ箔を使って編み出した技法が使用されていることもわかります。
会場風景 (右)田渕俊夫《輪中の村》 1979(明治54)年 山種美術館
1980年代の東京・渋谷の街の様子を題材に人々の日常をリアルに描き出したのは、米谷清和の《暮れてゆく街》。駅を行き交う様子や待ち合わせをする人々や「モヤイ像」の姿も見えるこの作品は、写真撮影も可能です。
米谷清和《暮れてゆく街》 1985(昭和60)年 山種美術館
会期中には“私が好きな日本の風景”の写真を募集するSNS企画も実施。あなたにとって思い出の風景、未来に残したい風景に思いを馳せることもできます。
年末は、12月29日~1月2日が休館。「冬の学割」として、入館料が半額の大学生・高校生にもおすすめです。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2022年12月12日 ]