足利尊氏が京に開いた室町幕府。8代将軍・義政の時代に文化的な頂点を迎え、この時代の東山文化は、現代までつながる、日本文化の原点といえます。足利将軍邸の中で、人々が集う「会所」を彩っていた襖絵をテーマにした展覧会が、根津美術館で開催中です。
根津美術館「将軍家の襖絵」入口
展覧会は序章「足利将軍家の絵画 ― 唐絵と和製の唐絵 ―」から。足利将軍家には宋・元時代の中国絵画である「唐絵」が大量にもたらされ、それらを画本(絵手本)とし、芸阿弥、周文、宗湛、狩野正信らが絵画を制作していきました。
国宝《鶉図》は鶉を写実的に描いた宋代花鳥画の名品で、6代将軍・義教が所蔵していました。李安忠は、2章に出てくる《韃靼人狩猟図》の中国画の原本の作者でもあります。
国宝《鶉図》李安忠[伝]根津美術館[展示期間:11/3~11/20]
第1章は「山水荘厳 ― 四季山水と瀟湘八景 ―」。唐時代の中国では、人物画が主要な絵画ジャンルでしたが、宋時代には山水画が主流に。日本にも宋・元時代の山水画の人気が高まりました。
義政の東山殿には、狩野派の祖・正信による瀟湘八景図がありました。《秋冬山水図屏風》は、その子・元信の工房で描かれたものです。
《秋冬山水図屏風》狩野元信[伝]室町時代 16世紀 九州国立博物館[全期間展示]
芸愛による重要文化財《山水図巻》は、南宋の画家・夏珪による山水図巻のモチーフや表現を継承していると考えられる作品です。夏珪の作品は、室町時代の水墨画に多大な影響を与えました。
作者の芸愛は、義政の御用絵師だった宗湛と関わりがあるとされています。
重要文化財《山水図巻》(部分)芸愛 室町時代 16世紀 文化庁[会期中巻替]
第2章は「将軍の理想 ― 勧戒と狩猟 ―」。6代将軍・義教の室町殿や義政の東山殿に描かれていた「四季耕作図」は、為政者に農民の労苦を知らしめることを目的とした勧戒画の一種で、南宋の画家・梁楷の画本がもとになっています。
狩野派の画家、前島宗祐の《四季耕作図屏風》では、梁楷本からだけでなく、日本独自の農耕図様も加えられています。
《四季耕作図屏風》前島宗祐 室町時代 16世紀 神奈川県立歴史博物館[展示期間:11/3~11/20]
韃靼人(だったんじん)は、モンゴル高原に住んだ騎馬民族。弓矢で獣を射ったり、馬上で酒を酌み交わしたりと、異国人の風俗が描かれています。
狩りをモチーフにすることで、足利将軍が武力を誇示していたのかもしれません。
《韃靼人狩猟図屏風》式部輝忠 室町時代 16世紀 文化庁[全期間展示]
《韃靼人狩猟図屏風》(部分)式部輝忠 室町時代 16世紀 文化庁[全期間展示]
第3章は「和歌世界の領有 ― 名所と建築 ―」。室町将軍の会所の襖には、中国主題の絵だけでなく、着彩による日本の名所も描かれています。
《大堰川遊覧図屏風》は、白河院の三船御会「三舟の才」の故事を描いたものです。大堰川の流れる嵯峨は、将軍たちも遊んだ名所でした。
《大堰川遊覧図屏風》浮田一蕙 江戸時代 嘉永7年(1854)泉涌寺[展示期間:11/3~11/20]
《石山寺蒔絵源氏箪笥》は源氏物語の冊子を収めるための小型の箪笥。紫式部が源氏物語の想を得たという伝説がある石山寺とその周辺の景色が、天板と側面に蒔絵で描かれています。その光景は、義政の東山殿会所の「石山の間」の襖絵を想像させます。
石山寺を意匠化した源氏箪笥としては現存最古とされる、貴重な作品です。
重要美術品《石山寺蒔絵源氏箪笥》江戸時代 17世紀[展示期間:11/3~11/20]
第4章は「周文画の記憶 ― 山水景の中の花と鳥 ―」。雪舟の師としても知られる室町時代の画僧で、足利将軍家の御用絵師でもあった周文。相国寺に秘蔵されていた周文の「花鳥図屏風」は、その後の花鳥図屏風に大きな影響を与えたと考えられています。
こちらの《四季花鳥図屏風》は、弧を描くような桃や松の表現が印象的ですが、このように山水風景に花や鳥を配するのも「将軍家の襖絵」に始まったと考えられます。
重要文化財《四季花鳥図屏風》芸愛 室町時代 16世紀 京都国立博物館[展示期間:11/3~11/20]
江戸城にいた徳川将軍家とは異なり、足利将軍家は何度も移転していることもあり、現存している「将軍家の襖絵」はありませんが、残された文献から、どのような画題の絵だったのかわかります。
展覧会はわずか1カ月、しかも前後期で展示替えがあります。ご注意ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年11月2日 ]