秦が統一王朝を築く紀元前221年まで500年もの間続いた動乱の『春秋戦国時代』。そしてその後に続く『秦』、『漢』の時代を通じ、墓に眠る王を守るためにつくられたのが『兵馬俑』です。
古代中国の3つの時代の中で、変遷していく兵馬俑を通観するダイナミックな展覧会が、名古屋市博物館で開幕しました。
入口看板
エントランスをくぐる来場者を最初に迎えるのは、この20cm程しかない小さな騎馬像。 始皇帝によって中華が統一される以前、戦国時代の秦の墓に収められていた「騎馬俑」です。
後の時代の俑と比べるととても小さいですが、これでもご主人のお墓を守る立派な兵馬俑。頭には風除けの帽子をかぶり、兵士も馬もどことなくのんびりした風情で、なんだか可愛らしい兵馬俑です。
騎馬俑(戦国秦 咸陽市文物考古研究所蔵 一級文物)
春秋戦国時代の秦といえば、人気漫画『キングダム』で注目した人も多いのではないでしょうか。この展示会でも『キングダム』とコラボした企画コーナーが設けられていて、パネルが展示されています。
実際の兵馬俑と比べて見ても、馬車や兵士の装備が実に正確に描写されていることがわかります。日本のマンガってやっぱり凄い!
漫画『キングダム』のパネル展示
兵馬俑だけでなく、当時のさまざまな器物も展示されています。 これは「戟(げき)」と呼ばれる矛と弋を組み合わせた武器。よく見ると文字が刻されているのがわかります。横向きになっているので少し読みにくいですが、上の行の真ん中あたりに「呂」続けて「布」「韋」。『キングダム』読者にはお馴染みの、秦の丞相・呂布韋です。「三年、相邦(丞相)呂布韋が造った」とあります。
この戟によって、墓が始皇帝陵だということが確認された重要な発見となりました。 「呂布韋って本当にいたんだなあ」と当たり前のことに感動してしまいました。
青銅戟(秦代 秦始皇帝陵博物院)
そしていよいよ始皇帝の兵馬俑が登場。
あの小さく可愛らしかった兵馬俑が、始皇帝の時代になると突然こうなります。 等身大で凄い迫力!目の前に立つとまるで威嚇されているかのよう。 身に付けている鎧の質感もリアル。
鎧甲武士俑(統一秦 秦始皇帝陵博物院蔵 一級文物)
ずらりと並んだ兵馬俑。この密集感は名古屋展ならではとのこと。 足を踏み入れると、部屋の空気がピリッと緊張しているようにさえ感じられます。
兵士は一体一体表情もポーズも違います。今では朽ちてしまっていますが、手には各々武器が握られており、命令があればすぐにでも動き出しそうな物々しさです。
兵馬俑展示風景
指揮官がこの人。約8,000体あると言われる兵馬俑で、まだ11体しか出土していない将軍俑です。服装や冠、髷で階級がわかります。
戦服将軍俑(統一秦 秦始皇帝陵博物院蔵 一級文物)
将軍俑の後ろに控える兵士たち。これらはレプリカですが、実際の兵馬俑坑の雰囲気を体感できます。
兵馬俑はもともとは彩色されていたそう。「兵馬俑=土の色」と思い込んでいたので、これは意外でした。鮮やかに彩られた兵士たちはさぞ壮観だったことでしょう。
兵馬俑レプリカ
近寄ってみると、細部まで本当に丁寧に作り込まれているのがわかります。 まるで息をしているかのよう。これが8,000体も作られたというのだから驚きです。
始皇帝の陵墓を守る兵馬俑坑は1974年に発見され、約2000年の眠りから覚めました。 現在もなお発掘が続いています。
跪射武士俑(統一秦 秦始皇帝陵博物院蔵 一級文物)
始皇帝陵から発掘された青銅製の馬車のレプリカも展示されていました。 馬は今にも走り出しそう。画像では見えませんが、手綱を捌く御者までしっかりと作り込まれています。
2号胴馬車(統一秦 秦始皇陵博物院蔵 一級文物(展示は複製品))
始皇帝の死後わずか4年で秦は滅亡します。秦を滅ぼした漢の兵馬俑が、こちら。
高さ50cm程と小さなサイズになり、顔立ちも秦の兵馬俑とは明らかに異なります。 表現も簡略化され、秦時代では陶土でつくられていた鎧も、漢になると俑に直接彩色して表現しています。
彩色歩兵俑(前漢 咸陽博物院蔵)
騎馬俑も漢のものは高さ70㎝程の大きさ。秦の兵馬俑と違い、勇ましい雰囲気は全く感じられません。 中国の西に位置していた秦に対し、漢は、かつて東に位置した楚の国の出身者が多く、文化的には楚を強く受け継いでいたといいます。顔立ちや様式が秦の兵馬俑と違うのは、そうした文化の違いによるものと言われています。
彩色騎馬俑(前漢 咸陽博物院蔵)
陵墓には動物坑もあります。死後の世界でも生活に困らないように、子豚、羊、牛、馬と動物たちが列をつくっています。
家畜俑展示風景
最後尾は犬。手前の犬と奥の犬の違いがわかるでしょうか。 少しやせ気味で尾がさがっているのが野生犬、尾が丸まってちょっと太めなのが家畜犬です。描写がこまやかですね。そしてかわいい。
手前:野生犬陶俑 奥:家畜犬陶俑 いずれも前漢 漢景帝陽陵博物院蔵
千年にわたり大きく姿を変えていった兵馬俑。その変遷を一望できる展覧会です。 スケールもディティールも、始皇帝の兵馬俑が突出していることは一目瞭然。
屈強な軍隊で絶対的権力を築き上げた始皇帝。でも死後にまでその世界を守ろうと作られた等身大の兵馬俑に、皇帝の心に潜む不安や弱さが垣間見える気がするのです。 古代中国の歴史ロマンとスペクタクルを体感できるまたとない機会です。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。
展示風景
[ 取材・撮影・文:ぴよまるこ / 2022年7月1日 ]
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