東京、京都に次ぐ日本で三番目の公立美術館として、昭和11年(1936)に開館した大阪市立美術館。そのコレクションは日本・中国の絵画や書蹟、彫刻、工芸など、8,500件を超えています。
開館90周年(2026)を前に、大規模な改修工事により長期休館となる同館から、厳選された優品がまとめて東京へ。首都圏のファンには嬉しい展覧会が、サントリー美術館で始まりました。
サントリー美術館「美をつくし―大阪市立美術館コレクション」会場
会場は5章構成。公式サイトや図録の順番とは違いますが、会場の順路に沿ってご紹介しましょう。
冒頭は「祈りのかたち 仏教美術」。仏教美術は大阪市立美術館のコレクションの核のひとつです。その拡充には、大阪で弁護士・政治家として活躍した田万清臣氏と夫人の明子氏が大きな役割を果たしました。
重要文化財《金銅 菩薩立像》は、両手で腹前に宝珠を捧げ待ち直立する菩薩像。飛鳥時代に遡る出土品として貴重な作例です。
重要文化財《金銅 菩薩立像》飛鳥時代 7世紀 大阪市立美術館[全期間展示]
こちらは、全体に宝相華唐草文を透かし彫りした箱。薄い金属の板を叩いて延ばし、立体的な模様を表現しています。
精緻な金工技術は見ものですが、何に使われたものなのか、わかっていません。
《銀鍍金透彫 宝相華文経箱》南北朝時代 14世紀 大阪市立美術館[全期間展示]
続いて「日本美術の精華 魅惑の中近世美術」。日本美術のなかでも人気の高い中近世美術は、大阪市立美術館コレクションの花形でもあります。
大画面の《四季花鳥図屏風》は、天文19年(1550)に狩野元信が描いた「四季花鳥図屏風」(白鶴美術館蔵)を、ほぼ忠実に写したものです。
狩野派《四季花鳥図屏風》江戸時代 17世紀 大阪市立美術館[展示期間:9/14~10/10]
吹き抜け部は「はじまりは『唐犬』から コレクションを彩る近代美術」。大阪市立美術館のコレクション第一号は、橋本関雪による《唐犬》です。昭和11年(1936)の落成記念に開催された帝展出品作を買い上げました。
《晩秋》を描いた上村松園は女性としてはじめて文化勲章を受賞した日本画家で、美人画の名手。《星》の北野恒富も退廃的な美人画で一世を風靡しました。いずれの作品も、開館当時は「現代美術」でした。
(左から)橋本関雪《唐犬》昭和11年(1936)大阪市立美術館 / 上村松園《晩秋》昭和18年(1943)大阪市立美術館 / 北野恒富《星》昭和14年(1939)大阪市立美術館[いずれも全期間展示]
「世界に誇るコレクション 珠玉の中国美術」では、国内屈指の中国美術コレクションが紹介されています。
北魏の優れた造形感覚が見られる《石造 菩薩交脚像龕》は、関西の実業家・山口謙四郎氏によるコレクションです。その座り方から、弥勒菩薩と思われます。
《石造 菩薩交脚像龕》南北朝時代北魏 5世紀 大阪市立美術館[全期間展示]
《花卉図冊》は清時代の画家、惲寿平の作。輪郭線を用いない没骨技法による洗練された花鳥画風を確立し、江戸時代の文人画家にも影響を与えました。
辛亥革命以降、中国の優れた文物が散逸の危機に瀕するなか、貿易拠点だった神戸港に多くの品々が流入しました。《花卉図冊》は、東洋紡績株式会社(現・東洋紡)の社長を務めた阿部房次郎氏によるコレクション。房次郎氏の没後、一括して大阪市立美術館に寄贈されました。
惲寿平《花卉図冊》清時代 17世紀 大阪市立美術館[展示期間:9/14~10/10]
会場最後は「江戸の粋 世界が注目する近世工芸」。《橋姫蒔絵硯箱》は『源氏物語』の「橋姫」を主題にした硯箱。薫の君が宇治橋を渡る場面が、丹念な蒔絵で表現されています。蓋には象牙製の水車があり、蓋を傾けると水車が回ります。
1912年に来日したスイス人実業家U.A.カザール(Ugo Alfonso Casal)氏によるコレクション。実に同館収蔵品の半数にあたる約4,000件が、カザール氏の旧蔵品です。
《橋姫蒔絵硯箱》江戸時代 18~19世紀 大阪市立美術館[全期間展示]
ユニークなデザインが目を引くのが、根付のコーナー。なかでも《獅子舞牙彫根付 銘 八雅》は、そのポーズと、獅子の口の中から覗く顔が、とても愛らしい逸品です。
根付のコーナーは、来場者も撮影が可能です。
《獅子舞牙彫根付 銘 八雅》明治時代 19~20世紀 大阪市立美術館[全期間展示]
冒頭で「首都圏のファンには嬉しい」とご紹介しましたが、これだけの名品が揃って展示される事は、大阪市立美術館でも滅多にありません。もちろん、館外でこれだけまとめて見られる機会は、今回が初めてです。
展覧会名の「美(み)をつくし」は、大阪市章にもかたどられる「澪標(みおつくし)」になぞらえたタイトル。難波津の航路の安全のために設けられた標識「澪標」のように、美の限りをつくした展覧会です。作品保護のため、会期中展示替えが行われます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年9月13日 ]