先進国が廃棄した壊れたゲーム機、パソコンのキーボードなど電子器機の廃棄物でアート作品を制作する美術家・長坂真護(1984-)。
アートでサステナブルな世界を目指す活動で注目を集める長坂を紹介する大規模な展覧会が、上野の森美術館で開催中です。
上野の森美術館「長坂真護展 Still A “BLACK” STAR Supported by なんぼや」会場入口
まずは、長坂の波瀾万丈の人生からご紹介しましょう。
長坂は福井県生まれ。歌舞伎町のNo.1ホストとして1年で3,000万円稼いだ長坂は、その勢いのままアパレル会社を設立したものの、1,000万円の負債を抱えて廃業。新宿を拠点にした路上の絵描きとして、再スタートします。
路上の絵描き時代の作品
ゴミの山の前にたたずむ子どもの写真を経済誌で見た長坂は、2017年にガーナのスラム街・アグボグブロシーを訪問。“世界の電子機器の墓場”と呼ばれる同地で、先進国が捨てた電子機器を燃やして大量のガスを吸いながら、1日わずか500円の日当で生きる若者たちの姿に衝撃を受けました。
この現状をアートの力で伝えるために、長坂は廃棄物でアート作品を制作。ユニークな発想から生まれた作品は、徐々に注目を集めるようになっていきました。
長坂が提唱しているのは、作品の売上を現地の人々に還元する「サステナブル・キャピタリズム(持続可能な資本主義)」です。この活動により、これまでに1,000個以上のガスマスクを現地に届けています。
長坂真護《Ghana‘s son》2018 はじめて高値で購入された作品
「スーパースターズプロジェクト」構想は、スラム街でアーティストになりたい子供たちに絵を教え、彼らの作品を先進国で販売し、その売り上げの一部を作家本人に支払うというもの。
未来のスーパースターが描いた作品は、彼らの生活を強く支えています。
「スーパースターズプロジェクト」の作品
政府の方針で2021年7月にスラム街のアグボグブロシーが消滅すると、危険な仕事は無くなりましたが、一方で焼き場の人々は失業することになってしまいました。
長坂は、現地に新しい仕事を提供するにあたり、農業に目を付けました。オリーブ栽培の勉強のために小豆島を訪問しますが、一見すると美しい小豆島の海にも、マイクロプラスチックなどさまざまなゴミがある事に気が付きます。
そこで長坂は、小豆島の投棄物を使い、島に住む妖精や生き物をイメージした作品を制作。売上の一部は、ガーナでの農業事業に還元されています。
長坂真護《向日葵》2022
《太陽の子》は、故安倍晋三元首相と明恵夫人と長坂の3名で制作した作品です。左手の太陽を安倍氏、右手の月を長坂が描き、明恵夫人はボディーを塗りました。
額装は、事件の後に安倍氏への哀悼の意を込めて、長坂が手彫りでつくりました。
長坂真護《太陽の子》2021
2020年からの世界的な新型コロナウイルス感染症拡大は、私たちの日常の生活を一変させました。
長坂が考えるのは、”ニューノーマル”という新しい概念。その概念に基づく《Let‘s Go Diversity》では、人間も動物も妖精までも、地球上のあらゆるものが一緒になって先を目指す姿を描きました。縦1m80㎝、横3m60㎝の大作です。
長坂真護《Let‘s Go Diversity》2020
「月」シリーズは、2015年のパリ同時多発テロの後に生まれた作品。現地に赴き、ふと見上げた夜空に満月を見たときに、心が穏やかになった経験から、“世界平和”への願いを込めて作り始めました。
長坂の地元の福井の越前和紙に、墨や金銀泥などを重ねて描かれています。
長坂真護《Strong Moon》2022
こちらは、実寸サイズの車型の作品。車の部品だけでなく、電子機器廃棄物や木材なども用いられています。
長坂真護《We are same planet》2021
何のために作品をつくるのか。その考え方は人それぞれですし、個人によるアート制作で社会問題に立ち向かうのは、限界があるでしょう。
ただ長坂は、実際に現地に足を運び、これまでの活動で成果を上げているのも事実です。少なくともアートに関心があるなら、その活動に目を向ける事は必要ではないでしょうか。
長坂は将来的な目標として、2030年までに資金を集め、現地にリサイクル工場を建設し、新たな産業と雇用を生み出すことを掲げています。
長坂真護さん 右は《真実の湖 II》2019
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年9月9日 ]