多くの絵師が競うように描き、次々に出版された浮世絵。描かれたモティーフを見ていくと、美人や役者など人物が多いのはもちろんですが、動物もしばしば登場する事がわかります。
実在する動物だけでなく、想像上の動物も含めて、浮世絵に見られるバラエティに富む動物表現が楽しめる展覧会が、太田記念美術館で開催中です。
太田記念美術館「浮世絵動物園」
展覧会の1章は「江戸の町は動物だらけ」。愛玩された猫や犬、生活を支える牛や馬、食料としての魚介など、江戸の町にはさまざまな動物が見られます。
浮世絵に描かれている動物の中で、圧倒的に多いのが猫。現代もペットとして人気がある猫は、江戸時代でも多くの人に可愛がられ、浮世絵にもしばしば登場します。
中でも猫と女性の組み合わせは定番といえます。
勝川春章《子猫に美人図》安永9~天明3年(1780~83)頃
続いて犬。狆(ちん)は日本固有の小型犬ですが、江戸時代には小型の犬を総称して狆と呼びました。
狆は大名や豪商など上流階級に人気があり、凝った指輪をつけるのも定番でした。
歌川国芳《御奥の弾初》嘉永2~4年(1849~51)
2章は「動物のもつ美」。動物の姿は、江戸時代のファッションにも取り入れられています。
蝙蝠(コウモリ)は西洋では不吉なイメージですが、「蝙」の音が「福」に通じることから中国では吉祥のモティーフです。
歌川国貞《浄瑠璃つくし 傾城恋飛脚 梅川忠兵衛 新口村の段》文政12年(1829)頃
こちらは、七福神を乗せた宝船に、龍、鶴、霊亀と、おめでたいもの尽くし。
3枚続きですが、右から溪斎英泉、歌川国貞、歌川国芳という当時の人気絵師が1枚ずつ手がけた合作です。
溪斎英泉 歌川国貞 歌川国芳《宝船》天保15年(1844)頃
3章は「動物エンターテインメント」。江戸時代には外国からきた象や豹が見世物として人気を博するなど、動物は娯楽の対象にもなっています。
広重によるこちらの作品に描かれているのは、生きている動物ではなく、貝細工でつくられたもの。この見世物は文政3年に浅草で開催され、大きな話題になりました。
歌川広重《浅草奥山 貝細工 鶴に兎》文政3年(1820)
猿は平安時代末頃から、馬の病気を防ぐ守り神として、厩で飼われていました。
鎌倉時代末頃には、猿に芸を披露させる「猿曳」が登場。江戸時代には芸能として広まりました。
歌川広重《猿 鹿》天保3~6年(1832~35)頃
最後の4章は「物語のなかの動物たち」。歌舞伎や狂言などの物語は浮世絵のかっこうの題材で、その中にも動物は数多く登場します。
狂言『吼噦(釣狐)』は老狐が僧侶に化けて、狐狩りをやめるように猟師を説得する物語。場面に月が描かれている「月百姿」は、芳年の人気シリーズです。
月岡芳年《月百姿 吼噦》明治19年(1886)1月
展覧会のトリを飾るのは、太田記念美術館のTwitterアイコンで、すっかり有名になった「虎子石」です。
虎子石は、曾我兄弟の曾我十郎祐成の恋人・虎御前ゆかりの石。本来は石ですが、歌川芳員はこれを奇妙な生き物として描きました。800年以上も経ってバズっているとは、虎御前も思わなかったことでしょう。
歌川芳員《東海道五十三次内 大磯 をだハらへ四り》嘉永6年(1853)9月
太田記念美術館で「浮世絵動物園」の展覧会が開かれるのは、2010年、2017年に続いて3回目。好評を受けて、2021年には小学館から書籍『浮世絵動物園: 江戸の動物大集合! 』も発行されています。
展示は前後期あわせて約160点という大ボリューム。前期と後期で全ての作品が入れ替わりますが、リピーター割引も実施されています。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年7月29日 ]