累計発行部数が1,000万部を超えるロングセラー絵本シリーズ「こぐまちゃんえほん」。作画を担当したのが、絵本作家・わかやまけん(若山 憲、1930-2015)です。
半世紀にわたって愛され続けている「こぐまちゃんえほん」をはじめ、他の作品も紹介して、若山の多彩な創作活動の全容に迫る展覧会が、世田谷美術館で開催中です。
世田谷美術館「こぐまちゃんとしろくまちゃん 絵本作家・わかやまけんの世界」会場
若山憲は岐阜市生まれ。15歳で終戦を迎え、18歳からデザイン事務所で働きはじめます。
絵本作家としての歩みは、紙芝居から。後に絵本を手がけるようになりました。初期の絵本作品である『りぼんをつけた おたまじゃくし』は、後の「こぐまちゃんえほん」とは、大きく作風が異なります。
『りぼんをつけた おたまじゃくし』(1967年、野村トーイ)原画
「こぐまちゃんえほん」シリーズは、1970年に誕生。このころ、まだ「赤ちゃん絵本」というジャンルは存在しませんでした。
こぐま社創業者で編集者の佐藤英和が「良質の絵本を日本でつくる」と呼び掛け、児童文学作家・歌人の森比左志、劇作家の和田義臣、そして若山憲が参集。集団で制作されたのが「こぐまちゃんえほん」シリーズです。
作画にあたり若山は、こぐまちゃんが何をしているかを分かりやすく伝えるため、シンプルな形を追求しました。フォルムは「こけし」、洋服は「ポンチョ」を原形にしています。
「こぐまちゃんえほん」下絵 1970年 シリーズ発表前の下絵
「こぐまちゃん」シリーズの色は、スミ(墨)、アイ(藍)、グレー、ミドリ、オレンジ、キイロの6色。日本らしい落ち着いた色を使っているのも特徴といえます。
濁っていない美しい色を出すため、それぞれの色に対して専用のインクをつくり、1色ごとに版を描き分けて刷り重ねるという、凝った手法で制作しています。
『しろくまちゃんのほっとけーき』(1972年、こぐま社)より「ふらいぱんと ぼーると おおきな おさらを そろえました」p.3(上)1972年 / (下)2019年
こちらは『しろくのちゃんのほっとけーき』の絵を面付けして、1枚ずつ順番に印刷したもの。
それぞれの版を刷り重ねている様子がよく分かります。
『しろくまちゃんのほっとけーき』(左端から時計回りで)分色刷本(スミ) / 分色刷本(アイ) / 分色刷本(ミドリ) / 分色刷本(キイロ) / 分色刷本(オレンジ) / 分色刷本(グレー)すべて2021年
「こぐまちゃん」シリーズ以外の作品も、多数展示されています。
文字を読む事ができない小さなこどもたちのために、絵の力でストーリーを伝えることができる絵本を、若山は「純絵本」と呼びました。
『ぼく みてたんだ』は、空から舞い落ちる雪が、徐々に世界を白く染めていくお話。やがて春になると、逆に雪が追いやられていきます。
『ぼく みてたんだ』(1970年、至光社)より リトグラフと雪の版のための原画
絵に重きを置いた絵本づくりの一方で、若山は、児童文学者、劇作家、詩人などとも協業し、多くの作品を制作しています。
『あかべこのおはなし』は、会津地方の郷土玩具である、あかべこが主人公。鶴ヶ城、猪苗代湖、磐梯山など福島の美しい風物が織り込まれており、東日本大震災の後に20年ぶりに復刊されました。
『あかべこのおはなし』(1980年、こぐま社)より リトグラフ
最後の章には、表紙絵がずらり。全国社会福祉協議会出版部が発行する雑誌『保育の友』の表紙絵を、若山は1982年の4月から1992年の3月までの約10年間にわたって描いています。
表紙絵のバリエーションは多く、技法や描き方などさまざまに工夫しています。
『保育の友』表紙原画
展示されているのは、約30冊の絵本のリトグラフと原画、雑誌の表紙原画や貴重な資料など約230点。ボリュームたっぷりの展覧会です。
実はロングセラーの「こぐまちゃん」シリーズですが、時代とともに絵が変わっている部分もあります。少し意外な発見もお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年7月1日 ]