ドイツ出身の美術家、ゲルハルト・リヒター(1932-)。具象表現や抽象表現を行き来しながら、油彩画、写真、デジタルプリント、ガラス、鏡などさまざまな素材による作品を制作し、いま、世界で最も重要なアーティストのひとりと言われています。
今年で90歳になったリヒター。画家が手元に置いてきた初期作から最新のドローイングまでを含む約122点で、60年の画業を振り返る展覧会が、東京国立近代美術館ではじまりました。
東京国立近代美術館「ゲルハルト・リヒター展」会場
会場はシリーズごとに作品が固まっていますが、特定の順路はありません。鑑賞者は自由にリヒターの作品と対峙していく事になります。
展覧会最大の注目作品が、4点の絵画作品である《ビルケナウ》です。下層にはアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収用所で密かに撮られた写真が描かれていますが、塗り込められた画面からは、その痕跡を見出すことはできません。
《ビルケナウ》2014 ゲルハルト・リヒター財団蔵
1967年以降、リヒターはガラスや鏡を繰り返し用いています。
ガラスや鏡の反射率、大きさ、色彩などを調整。置かれた場所やその時々によってあらゆるイメージを映し出すのは、リヒターの作品の原理のひとつです。
《8枚のガラス》2012 ワコウ・ワークス・オブ・アート蔵
アブストラクト・ペインティングは、パレットにたまたま載っていた絵具の写真や、自作の一部分の写真を、拡大して描くことからスタートしました。やがてスキージ(細長いヘラ)で絵具を延ばすようになり、独自の展開を見せていきます。
アブストラクトは「抽象的」という意味。文字通り、抽象性とはいかなるものかを考察する作品群です。
《アブストラクト・ペインティング》1992 作家蔵
フォト・ペインティングは、初期の作品シリーズ。新聞や雑誌の写真、家族などの写真を、できるだけ正確にキャンバスに描いた作品です。
作家の主体的な意思や行為に疑問を抱き、写真に隷属するように描いた絵画ですが、そのことにより、逆に描く対象が重要になっていきます。
《モーターボート(第1ヴァージョン)》1965 ゲルハルト・リヒター財団蔵
ストリップはデジタルプリントのシリーズです。1990年に制作された絵画をスキャンし、デジタル画像を細い帯にし、横方向に展開。単なる色の線の集積のような作品にしています。
2011年、80歳を目前にしたリヒターがはじめたシリーズです。
(右)《ストリップ》2013〜2016 ゲルハルト・リヒター財団蔵
2000年代にケルン大聖堂のステンドグラスのデザインを依頼されたリヒターは、かつて集中的に手がけたカラーチャートのシリーズを取り上げました。
既製品の色見本の色彩を、偶然にしたがってレイアウトした作品です。
《4900の色彩》2007 ゲルハルト・リヒター財団蔵
オイル・オン・フォトは、写真に油絵具などを塗りつけたシリーズ。絵具が写真の一部を覆い隠していますが、絵具は抽象的で、写真との間に関連性はありません。
絵画と写真、再現性と抽象性が拮抗しあいながら、同一平面に並置されます。
《1999年11月17日》1999 ゲルハルトリヒター財団蔵
本展はゲルハルト・リヒター財団からの借用が中心ですが、その財団は、今回展示されている《ビルケナウ》を散逸させないために2019年に設立されました。
日本の美術館におけるリヒターの個展は、2005~2006年にかけて金沢21世紀美術館・DIC川村記念美術館で開催されて以来、16年ぶり。東京では今回が初開催です。お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年6月6日 ]
すべてゲルハルト・リヒター、© Gerhard Richter 2022 (07062022)