特別展「燕子花図屏風の茶会-昭和 12 年 5 月の取り合わせ-」根津美術館展示室1(2022年)
昭和12年の5月、根津財閥の創始者であり「鉄道王」と呼ばれる根津嘉一郎は、十数日間にわたって、政財界の友人5、6名ずつを招く茶会を開きました。「電力王」松永安左衛門をはじめ、名士たちが次々に根津邸を訪れましたが、その会で披露された名品の取り合わせは、それは荘厳にして豪華なものでした。
その茶会を疑似体験できる展覧会が、根津美術館で開催されています。
茶室「斑鳩庵(いかるがあん)」での本席・懐石と濃茶
阿蘭陀藍絵花鳥文四方向付(オランダ 17世紀)
喜寿を目前にした嘉一郎は、茶室「斑鳩庵」で懐石料理と濃茶を振る舞いました。客一人一人に自ら給仕し、大変驚かれたそうです。 オランダに注文して作られた阿蘭陀花鳥文向付には、鱚・蓮根・椎茸・ボウフウの胡麻合が盛られました。
庭をわたり初夏の薄茶席へ
砂張釣舟花入 銘 艜(東南アジア 15世紀)
薄茶のもてなしは、茶室を出て庭をわたり、広間で行われました。床脇に吊るされていたのは「砂張釣舟花入 銘 艜」。鉄線と姫百合が入れられていたそうです。
驚きの浅酌席
通常の茶会はここまでですが、嘉一郎は客たちを別の部屋(五十畳もある大書院)へと案内しました。この茶会にはさらに、浅酌席と番茶席が用意されていたのです。そしてその大広間には、国宝「燕子花図屏風」、重要文化財「藤花図屏風」、「吉野龍田図」の右隻が並べられていました。皆さん驚いたでしょうね。
国宝 燕子花図屏風 (尾形光琳・江戸時代 18世紀
「燕子花図屏風」は総金地に燕子花の群生がリズミカルに描かれた大傑作。『伊勢物語』第9段、燕子花の名所である八橋の場面に想を得たものとされています。
重要文化財 藤花図屏風(円山応挙・江戸時代 1776)
「藤花図屏風」も総金地に描かれていますが、花の色合いや蔓のラインから瀟洒たる印象を受けます。円山応挙写生画風の真骨頂。
吉野図屏風(吉野龍田図屏風のうち)(江戸時代 17世紀)
「吉野図屏風」は本来、秋の龍田川を描いた「龍田図屏風」と一双をなす作品ですが、季節柄「吉野図屏風」のみが披露されたそうです。まさに春爛漫。画面いっぱいに描かれた花びらが、酒宴の広間に舞うようだったのではないでしょうか。
小書院での番茶席
業平蒔絵硯箱(伝尾形光琳・江戸時代 18世紀)
番茶席は、廊下をつたった小書院で開催されました。番茶と果物が出されましたが、小書院にも名品の数々が飾られていました。 『伊勢物語』のつながりから、「茶会の殿を務めた」と評された「平蒔絵硯箱」。在原業平があらわされた硯箱で、厚い金属を貼りつける琳派の蒔絵らしい技法が用いられています。
庭園と茶室「弘仁亭」の燕子花
間もなく見ごろを迎える弘仁亭の燕子花 根津美術館庭園(2022年)
根津美術館を見学する際は、歴史ある庭園の散策にもゆっくりと時間をとりたいものです。表参道駅からすぐとは思えない、大変静かで自然の斜頸が残る美しい庭園です。小径の起伏も楽しみながら進むと、大正初期に建てられた茶室「弘仁亭・無事庵」がありました。その前には池があり、群生する燕子花が、間もなく見ごろを迎えます。
[ 取材・撮影・文:晴香葉子 / 2022年4月15日 ]
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