7600件を超える日本・東洋の古美術品を収蔵する根津美術館。2020年、そのコレクションから鈴木其一(1796~1858)の作品として初めて「夏秋渓流図屏風」が重要文化財に指定されました。本展では其一の作品とともに、同時代の作家や影響を受けた作品を紹介しながら、「夏秋渓流図屏風」の誕生の秘密に迫ります。

根津美術館 入口
序章で展示されているのは、画面にまっすぐ伸びた“檜”が描かれている作品。構図に面白さをもたらす、まっすぐ伸びた檜は、江戸時代の絵画には登場の多かったモチーフでした。白鷺が登場する2つの作品は、墨のストロークで幹や白っぽい緑色の苔の描写は狩野派的表現であり、「夏秋渓流図屏風」にも通じる作品と言えます。

(左から)《檜に白鷺図》山本光一筆 江戸~明治時代 19世紀 千葉市美術館蔵 / 《檜に白鷺図》 狩野常信筆 江戸時代 18世紀 個人蔵
「夏秋渓流図屏風」とも類似している点が多いのは、其一の師であった酒井抱一の作品。金地の屛風を二分するように流れる群青色の水流や紅葉した楓が特徴の「青楓朱楓図屏風」です。19世紀の琳派のイメージを継承した色の感覚や細部の描写は、其一にも大きく影響を与えたことが分かります。

《青楓朱楓図屏風》酒井抱一筆 江戸時代 文政元年(1818) 個人蔵
尾形光琳を顕彰していた酒井抱一は、琳派の百回忌にあたる1815年に光琳画99点の縮図を版にした「光琳百図」を版行しています。「光琳百図」により、江戸の地で光琳の描く作品の概要がビジュアルで示された冊本であり、其一の複数模写を残しています。
其一による《三十六歌仙・檜図屏風》は、どちらも「光琳百図」に原画が残っているもので、水墨により文様風に描かれた檜の葉の意匠的な要素は、「夏秋渓流図屏風」にも活かされています。
12月11日からは、同じく抱一の《夏秋渓流図屏風》(重文・江戸時代 19世紀・東京国立博物館蔵)が展示されています。

《三十六歌仙・檜図屏風》 鈴木其一筆 江戸時代 天保6年(1835) 個人蔵 ※展示は12月5日で終了

《三十六歌仙・檜図屏風》 鈴木其一筆 江戸時代 天保6年(1835) 個人蔵 ※展示は12月5日で終了
多くの作品の要素を包括的に取り込んで誕生した「夏秋渓流図屏風」。右隻は山百合の咲く夏の景色を、左隻は桜の葉が赤く染まる秋の景色がみえ、左右を流れる渓流は大胆な構図で描かれています。
岩場を削る檜の林は写実的にも見えますが、渓流の表現や檜に横向きに止まる蝉など異様と言える描写が充満し、惹きつけられます。琳派のスタイルを継承しつつ、シャープな造形感覚で個性を発揮したこの作品は、其一の最大の異色作であり、代表作と言われています。

《夏秋渓流図屏風》鈴木其一筆 江戸時代 19世紀
第2章では、其な一の多彩な画業を紹介します。酒井抱一の高弟として精通した江戸琳派だけでなく、近代日本画を予見させる作品など、其一の高度なテクニックを感じることができます。

《秋草・波に月図屏風》 鈴木其一筆 江戸時代 19世紀 個人蔵
中でもインパクトを放つのは、鶴が飛び交う様子を描いた《群鶴図屏風》です。大胆に省略して描かれた丹頂鶴と敷き詰めるように並んだ鍋鶴に映える、群青と金箔の帯。意匠的な背景で描かれた、其一の最晩年の作品です。

《群鶴図屏風》 鈴木其一筆 江戸時代 19世紀 個人蔵
重要文化財に指定されてから初めてのお目見えとなった《夏秋渓流図屏風》。会場では、鈴木其一の画業と、影響を与えた作家の作品をゆっくりとした空間で味わうことができます。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2021年11月19日 ]