引き込まれる様な独特な世界観で3メートルを超える作品を制作している洋画家・遠藤彰子を紹介する展覧会が、平塚市美術館で開催中です。

会場入口
1947年に東京都中野に生まれた遠藤彰子は、武蔵野美術短期大学油絵科を卒業後、精力的に創作活動を行い様々な賞を受賞します。会場には、 広く世間に知られるようになった「街シリーズ」や新作を含む38作品が展示されています。
1970年代に描かれたのは「楽園シリーズ」。様々な動物と人間が描かれた童画のような作品や、アパートに住む各部屋の住民の様子を描いた作品など、生活の中には常に絵があり、制作スタイルも変化していることも分かります。

《楽園の住人たち》1974年 作家蔵
70年代後半からは、コンクリートに囲まれた無機質な都市風景を描いた「街シリーズ」を制作。育児の息抜きに訪れた新宿の景色をモチーフに、螺旋状の構図で描かれた画面には、楽しさと恐ろしさという2つの相反する要素が表現されています。
10年近く描かれた「街シリーズ」の集大成と言える作品が、安井賞を受賞した《遠い日》です。 マウリッツ・エッシャー のような螺旋の構図に、自転車に乗る人や遊んでいる子どもたちなど、都会に生きる人々の不安感が表現されています。

《遠い日》1985年 東京国立近代美術館蔵

「街シリーズ」
《見つめる空》は、東西冷戦の終わりを迎える1988~89年に描かれたものです。これまでの価値観が破綻し変化していく社会の不確かな様子を、見上げる空と落ちていく空の2つでも表現しています。
この作品以降、生と死や光と闇といった根源的なテーマで500号(2.5×3.3m)を超えるスケールの作品を制作していきます。

《見つめる空》 1989年 相模原市
展覧会の1番の見どころは、2000年代から描かれている「大作シリーズ」。 画面の隅々まで描き込まれた1000号、1500号もの作品は圧巻です。
再生や輪廻転生などの壮大なテーマで制作を始めた2000年代に描かれた《遠い静けさ》は、別々に発表された3点を組み合わせてできたものです。

(中央)《遠い静けさ》2002-2004年 作家蔵
作品には、食事をしていたり、寝ていたり、様々な場面に作者自身が登場します。リアルな現実と作品の中に入り込んだ自身が存在し、その当時の社会や心境が画面に映し出されています。

《鐘》2007-2008年 作家蔵
遠藤は、時代や年齢を主軸にしながら、木炭や鉛筆で下書きを何度も繰り返しながら作品を構想します。絵は現実と繋がっているため、実際に訪れた場所をモチーフに、絵の中に入り込んで喜怒哀楽を表現しているそうです。

会場風景
パリ・ボザールで開催された個展と美術講義に訪れた後に描かれたのは《眸ひらく明日》。太陽をコンセプトにそこから広がる様に描かれた人や馬、建物。ボザールのサーカスで印象に残った美しい馬とサーカスの物悲しい様子も同時に描かれています。

《眸ひらく明日》と遠藤彰子
会場最後に飾られているのは、2020年に制作された《雪・星降りしきる》と《黒峠の陽光》。コロナ禍で展覧会の延期や団体展の中止を余儀なくされる中で、朝から晩まで1000時間以上を費やして作品完成されたものです。
右側の「白い絵」と呼ばれる《雪・星降りしきる》は、ふと頭に浮かんだアインシュタインの言葉をキーワードに描かれたもの。画面右下に描かれたダイオウイカとそれを囲う様な人々。無数の雪や星が描かれた、柔らかな雰囲気をもつ作品です。

《雪・星降りしきる》2020年 作家蔵
一方、刻々と変化する社会状況や日々の想いから生まれたのが、左の「黒い絵」、《黒峠の陽光》です。 蜘蛛の巣に手を伸ばす少女や鳥、炎をまとう魔物。左上に描かれた太陽は、小さな花に光を差し込んでいるようで、先の見えない不安を抱えながらも、信じてやまない希望が込められています。

《黒峠の陽光》2020年 作家蔵
コロナ禍に直面した不安の中でも前向きに、日々制作に挑み続ける作家の力強さを感じられる展覧会。 子どもも作品の世界に入り込んで夢中になってみてほしいとのこと。世代を問わず、会場に足を運んで圧倒的な世界観を体感していただきたいです。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2021年10月4日 ]