写真はもちろん映画、デザイン、ファッションなど、多彩な分野で活躍を続ける蜷川実花。2018年から全国10会場を巡回した展覧会の集大成として、これまでの展示作品を大幅に入れ替え、スケールアップした展覧会が、上野の森美術家で開催中です。
上野の森美術館「蜷川実花展 -虚構と現実の間に-」
これまで熊本市現代美術館、豊川市桜ヶ丘ミュージアム、大分市美術館、いわき市美術館、宇都宮美術館、岡山シティミュージアム、札幌芸術の森美術館、北海道立帯広美術館、松坂屋美術館、山梨県立美術館と巡回し、計27万人以上を動員した蜷川実花展。東京会場では他の会場とは大きく異なる構成も見ものとなります。
会場入口は、真紅のベルベットに包まれた空間。足を進めると、一転して真っ青な展示室からスタートします。10本のモノリス状の直方体が林立、モニターではそれぞれ31点、計310点の作品が映し出されます。
上野の森美術館「蜷川実花展 -虚構と現実の間に-」会場入口
最初のコーナーは生花の作品「Blooming Emotions」。撮影された生花の多くは、自然の中にあるがままに咲いている花ではなく、誰かにむけて育てられた花です。
冒頭はモノトーン基調の作品。途中からカラフルな作品に変わり、コーナーの最後は花の中を歩いて行くような長い通路になります。
「Blooming Emotions」
次は「Imaginary Garden」。壁面だけでなく、床面も埋め尽くした花の写真は、造花やカラーリングフラワー(インクの色水を花に吸わせて作る多彩な色彩の花)など、人工的に作られたものです。今回展示された造花の写真は、ほとんどが墓地で撮影されたものです。
続く「I am me」は、さまざまな女性を撮影したポートレイト。ともに生きる同志である女性たちの背中を押すことは、蜷川が創作活動を行う原動力の1つだとしています。
「Imaginary Garden」
2階に進むと、蜷川自身を撮影した「Self-Image」。セルフポートレートを撮影するのは、他のプロジェクトのためとても忙しい時期が多く、シャッターを切る事で自分自身の中にしまいこんできた感情を見つけ、自分を取り戻していくといいます。
続いて、パラリンピックを盛り上げるメディアとして蜷川たちが立ち上げたプロジェクト「GO Journal」。パラリンピアンを撮影して、競技のことのみならず半生について掘り下げたインタビュー記事も付されたフリーマガジンです。2017年から毎年1号ずつ、5号まで発行されました。
「GO Journal」
次は「TOKYO」、蜷川が生まれ育った場所である東京を写した作品です。2020年までは「写ルンです」を通した半径1-2メートルの世界を撮影しています。
アスファルト、コンクリート、ガラス、ネオンサイン、そしてそれらが切り取る空など、都市の表情のなかに、東京がもつ新たな美しさを見出していきます。
「TOKYO」
そして「うつくしい日々」。蜷川の父、蜷川幸雄は2016年5月に死去。このエリアは、蜷川幸雄が病に倒れ、ゆっくりと死に向かう一年半の日常を撮影した作品で構成されて、写真の間には、蜷川の言葉も添えられています。
終末に向かう寂しさの中、むしろこれまでの幸せな日々への感謝の気持ちが強く表現されており、あたたかなふたりの関係性は、とても羨ましく思えます。
巡回展の各会場でも、とても人気が高いエリアです。
「うつくしい日々」
続く「光の庭」は、2021年春に撮影した桜と藤の作品による構成。花々は光をまとい、眩いばかりの作品が天井面まで覆います。
「光の庭」
最後の「Chaos Room」は、蜷川実花の世界観が全開。蜷川の書斎にある私物などから構成された、まさにカオス(混沌)の世界です。
クローズアップされた女性の唇などの写真作品の他、モニターでは映像作品も上映。「虚構と現実」という展覧会のテーマに相応しい空間です。
「Chaos Room」
蜷川実花の作品世界を会場全体で体感できる、密度が高い展覧会です。一部を除き、写真撮影も可能です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年9月15日 ]