夏の陽ざしを受け琵琶湖湖面が光る頃、美しい美術館「MIHO MUSEUM」を訪ねました。今回の主役は“蒔絵”です。漆黒にあでやかな金の組み合わせで高級感漂うイメージだけを持っていましたが、いえいえ…少し異なる印象にその奥深さを感じることとなりました。

MIHO MUSEUM 展覧会「蒔絵の時代」
蒔絵は漆器の表面に漆で文様を描き、乾かないうちに金銀粉を「蒔く」ことで定着させる装飾技法のひとつです。
平安時代頃から登場し、その豪華さから将軍や大名、富裕層に人気となり、伝統的技法の主たる2派<幸阿弥派と五十嵐派>は豊臣秀吉など将軍家御用として技術を守り磨き今なお輝きを保つ調度品を多数残しています。大名や寺社の宝物となって受け継がれるものは権力をものがたります。

菊桐紋蒔絵鎧櫃背 安土桃山時代 犬山城白帝文庫

枝垂桜蒔絵徳利 安土桃山時代 MIHOMUSEUM
一方、もう少し身近なものに施された蒔絵の調度品もあり、それらを手掛けたであろう“蒔絵屋”に注目をおいたのが今回の展覧会の大きな特徴です。伝統的蒔絵師と蒔絵屋のかかわりなどを考察させる視点です。
大量生産が可能になれば価格も手頃となり、町衆にも所有できる工芸品として人気となったに違いなく、茶道具や硯から食器や化粧道具など日常使う品々にも蒔絵の技法がみられます。これらを販売したのが蒔絵屋であり職人工房が存在したらしいのです。
しかもこの蒔絵屋はしっかりとした技術を持ち、御用蒔絵師とタッグを組んで大きな注文などには協力していたらしく、その中から名工と呼ばれる職人が現れました。“嵯峨棗”は時代の流行を取り入れた無名の作者による作品で、充実した出展です。

石川県指定文化財 秋月野景図蒔絵硯箱 伝五十嵐道甫作 江戸時代 石川県立美術館

折枝文蒔絵提重 清水源四郎嘉量作 江戸時代

嵯峨棗 展示風景

花菱クルス文蒔絵中次 安土桃山~江戸時代

枝菱紋蒔絵十種香箱(一部)江戸時代
更に特徴的なのは、永田犮治の作品群です。尾形光琳を研究し、自らの作品に光琳の弟子という意味の「青〻子」という銘をいれていました。琳派のモチーフを継承しつつ新しいデザインを用い人気だったようで、技法としては少し平易なものかもしれませんが、図柄配色はとてもモダンで“お洒落で可愛い!” 贈り物にしたくなります。

沢瀉水葵燕子花蒔絵提重 伝尾形光琳作 江戸時代

波千鳥浜松蒔絵硯蓋 永田犮治作 江戸時代

山月蒔絵経箱 (蓋裏 本体)本阿弥光悦作 江戸時代 MIHOMUSEUM
御用蒔絵師と蒔絵屋は共存し切磋琢磨し、宣教師や海外貿易を介してポルトガルやオランダでも人気を博すアジア特有の工芸技術として発展させました。漆黒の漆に流れるような筆使いで文字や和歌を描いたものもあり、緻密な細工と螺鈿の輝きをプラスしてまさに宝石です。縄文の時代より漆の樹液の接着力を駆使した技術は花開き、豪華絢爛な大型装飾調度品から身近な箸箱・お菓子入れまでに至りました。
現代の日本工芸も老舗とよばれる技法をもつものはその伝統を守り、また新しいニーズにこたえるべく新発想に打って出れば新たな伝統が生まれる。蒔絵の時代がまだまだ続くよう応援したいところです。
展覧会では蒔絵技術についての解説や同じモチーフを並べるなど、とても理解しやすい展示です。図録も高級感漂う装丁でゴージャス!蒔絵の固定観念から脱し、新しい興味を持たせてくれた内容でした。緑映えるトンネルや徐々に復活しつつある館内レストラン利用も含めて知性を磨く美術の時間を是非お勧めします。

蒔絵技法の解説

四季折々に変化するトンネルを抜ける

おもてなしの心感じるお食事も可能

ゴージャスな図録
[ 取材・撮影・文:ひろりん / 2021年7月16日 ]
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