プラスチックチューブを組み合わせ、風の力で砂浜の上を歩く「ストランドビースト」。オランダ語で「砂浜の生命体」を意味する、このユニークな作品を生み出したのが、テオ・ヤンセン(1948-)です。
ビーストの実物展示をはじめ、実際に動く作品も目の当たりにできる注目の展覧会が、山梨県立美術館で開催中です。
会場の山梨県立美術館
まずは、展示室内で作品を動かす「リ・アニメーショ」の模様からご紹介しましょう。会場2カ所で、約1時間に1回のペースで実施。1カ所では《アニマリス・アデュラリ》と《アニマリス・プラウデンス・ヴェーラ》 、もう1カ所では巨大な《アニマリス・オムニア・セグンダ》が動きます。
ビーストの動きを目の前で見ると、思ったより歩幅が大きく、かなりダイナミック。巨大ななプラスチックチューブの固まりが有機的に動くさまは、愛らしさと同時に、ちょっと不気味さも感じます。
テオ・ヤンセン《アニマリス・オムニア・セグンダ》2018年 ブルハム期
テオ・ヤンセンは1948年、オランダのスフェベニンゲン出身。大学では物理学を学び、後にアーティストに転身しました。
ビースト誕生のきっかけになったのが、オランダの海面上昇問題です。ヤンセンは、ある生命体をオランダの砂浜に放ち、それらが砂丘を作ることで海岸線を守るというアイデアを発表。自ら、プラスチックのチューブでこの生物を作る実験を始め、1990年に最初のビーストが生まれました。
テオ・ヤンセン《アニマリス・リジテ・プロペランス》1995年 タピディーム期
ビーストがつくられているのは、オランダ・デルフト市の郊外にあるラボ(実験室)。出来上がったビーストは、海からの強風が吹き付けるスフェベニンゲンの砂浜に運ばれ、ビーストはその風をエネルギーにして動きます。
初期のビーストは体が風を受けることで歩いていましたが、ヤンセンは後にペットボトルを取り付ける事を考案。溜めた空気を利用する事で、風が吹かない時にも動けるようになりました。
テオ・ヤンセン《アニマリス・プラウデンス・ヴェーラ》2013年 アウルム期 一列に並んだペットボトルが見えます
ビーストを構成する素材は、電気配線の保護などに使われている黄色いプラスチックチュープです。オランダではごく一般的な素材で、ホームセンターなどでも売られています。
ヤンセンはプラスチックチューブを加熱して固着させたり、木型で変形させたりしながら、形を整形。複数のチューブを固定するには配線用の結束バンドを用いるなど、独創的な発想にも関わらず、特別な素材を用いているわけではありません。
ビーストの構造モデル
ビーストを近くで見ると、チューブの素材感や、結束バンドによる固着などが目に入り、「洗練された」とは言い難い印象です。そもそもヤンセンは「プラスチックチュープの制限に導かれるがままに、機能的に作ろうとして、結果としてそこに美があっただけ」と語っており、作品に美しさを意識していません。
ただ、遠目で見ると、絶妙なバランスを保ちながら、動くためにつくられたかたちは、神々しさを感じるほど。たどり着いた構造は、ヤンセンですら予想してなかった幾何学的な美を生み出しているのです。
テオ・ヤンセン《アニマリス・ウミナミ》2017年 ブルハム期
ストランドビーストの特徴のひとつといえるのが、ユニークな名前。ヤンセンはビーストを生命体としてとらえ、作品全体を系統立てて、その変遷を進化になぞらえているのです。
すべての作品の冒頭につく「アニマリス(animaris)」という学名のような単語は、英語のアニマルと、ラテン語で「海」を意味する「マーレ(mare)」を組み合わせた造語。
それぞれのビーストは、ラテン語由来の名称を持つ各期に分類され、進化系統樹として位置づけられています。
テオ・ヤンセン《アニマリス・ムルス》2017年 ブルハム期
ヤンセンはビーストを作る際、設計図は書きません。簡単なアイデアスケッチを描いた後に、すべてのパーツを頭の中で組み立てる事ができるのは、大学で物理学を学び、アイデアを作品にする確かな知識と高い技術を持ち合わせているからこそといえます。
ヤンセンは「風を受けて動くビーストは砂浜でしか生きられない」としています。美術館で展示されているのは、いわば「死んだ」ビースト。今回のように展覧会で動くビーストは、機械で風を送って動かしており、ヤンセンはこれを「リ・アニメーション(Reanimation)」としています。
テオ・ヤンセン《アニマリス・アデュラリ》2012年 アスペルソリウム期
TVCMで使われた事などを機に、日本では2000年代後半から知名度が増したテオ・ヤンセン。ビーストの動きはYouTubeなどでも見ることができますが、実物はやはり迫力が違います。鑑賞にあたって密を防ぐため、日時指定の予約制となっていますので、ご注意ください。
テオ・ヤンセン《アニマリス・オルディス》2006年 セレブラム期 来館者が手で押して動きを確認する事ができます
最後に、会場の山梨県立美術館のご紹介を。美術館は1978(昭和53)年に開館。《種をまく人》をはじめ、19世紀の画家ジャン=フランソワ・ミレーによる数々の作品を所蔵する事から「ミレーの美術館」としても親しまれています。開館40周年となる2018年には《種をまく人》をイラスト化したアイコンも発表され、ミュージアムグッズなどに展開されています。
ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》1850年
本館の設計は、東京都美術館などを手がけた前川國男。すぐ真向かいには山梨県立文学館もあり、両館を含む一帯は「芸術の森公園」として整備されています。甲府駅から路線バスで15分程です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年4月27日 ]