年に1度だけのお楽しみ。今年も春の暖かさとともに、根津美術館で国宝《燕子花図屏風》が展示される季節になりました。
毎年、テーマを変えて紹介されている燕子花図屏風ですが、今回はその彩色、青・緑・金(黄)に着目。紺紙金泥経、中世の仏教絵画、金屏風、陶磁器などで、この三色にまつわるトピックを掘り下げます。

根津美術館「国宝 燕子花図屛風」会場入口
展覧会の第1章は「聖なる青・緑・金」。変質せずに輝き続ける金は、洋の東西を問わず宗教美術に用いられてきました。さらに仏教において青色は、仏国土を覆う宝石・瑠璃の色。「紺紙金泥経」の色彩イメージは、ここから生まれました。
《陰持入経(神護寺経)》は、藍で染めた紺色の紙に、銀泥で罫線を引き、経文を金泥で書いた美しい逸品。京都の神護寺に伝来した、もとは5400巻あったと言われる一切経のうちの一巻です。

《陰持入経(神護寺経)》平安時代 12世紀 根津美術館蔵
先ほどの青と金に加え、中世の礼拝画では、緑色の草木が描かれる事も定番に。ここに青・緑・金が揃い、《燕子花図屏風》へとつながる色彩の前史が成立したといえます。
《酒呑童子絵巻》は狩野派の作品。酒呑童子を退治するため源頼光らが進む岩山が、緑青と群青、金泥で描かれています。狩野派はもともと水墨画からスタートしましたが、やまと絵の技法や画題も取り入れた事で、長きに渡って日本の画壇に君臨する事となりました。

伝 狩野山楽《酒呑童子絵巻》江戸時代 17世紀 根津美術館藏
第2章は「金屏風に息づく色の伝統」。金は薄く伸ばせるため、調度品などを金箔で彩る事は古来から行われていました。日本では中世に、大画面の背景に金箔を用いた金屏風のやまと絵が誕生。ここでは5点の金屏風が紹介されています。
お目当ての国宝 尾形光琳《燕子花図屏風》はこちらです。やまと絵には常緑の松や竹が多く描かれるため、金と緑=緑青の組み合わせは珍しくありませんが、燕子花図屏風は青=群青が加わる事で、全体の色数は少ないながらも強いイメージが生まれています。

国宝 尾形光琳《燕子花図屏風》江戸時代 18世紀 根津美術館蔵
会場には燕子花図屏風の画材の原料である鉱物標本も、特別展示されています。燕子花図屏風の花に使われる群青は藍銅鉱、葉に使われる緑青は孔雀石を砕いて作られた岩絵具です。藍銅鉱はまとまって産出されることが少ないため、現在でも群青は高価です。

特別出品、(左から)《自然金》アメリカ産 / 《藍銅鉱》アメリカ産 / 《藍銅鉱》中国産 / 《孔雀石》アメリカ産 すべて国立科学博物館蔵
燕子花図屏風と同じ金屏風ですが、《四季竹図屏風》は静かな印象です。右から筍、しなやかな若竹、紅葉した蔦が絡む竹、雪が積もる竹と、四季の流れと時間の経過が同時に表現されています。

《四季竹図屏風》室町時代 16世紀 個人蔵
第3章は「やきものにおける新しい色彩感」。日本におけるやきものの色彩は、奈良時代に緑釉陶器や奈良三彩が生まれたものの、その後は単色の施釉陶や焼締陶が中心に。再び複数の色彩が復活したのは桃山時代です。江戸初期には肥前で染付の生産も盛んになりました。
青・緑・黄の配色は《燕子花図屏風》と同じですが、エキゾティックに感じられるのが《色絵葡萄文大平鉢》。釉色が濃く、とても鮮やかに見えます。葡萄は古来から、多産を象徴するモチーフです。

《色絵葡萄文大平鉢》肥前 江戸時代 17世紀 根津美術館蔵
《染付雪輪水仙菊文皿》は、染付の美しい意匠が見もの。水仙と菊、そしてふたつの雪輪が丸い皿に配され、とてもモダンなデザインです。

(左から)《染付松竹梅文壺》肥前 鍋島藩窯 江戸時代 18~19世紀 山本正之氏寄贈 根津美術館蔵 / 《染付雪輪水仙菊文皿》肥前・鍋島藩窯 江戸時代 17~18世紀 根津美術館蔵
なお、展示室5で同時開催中のテーマ展示「上代の錦繍綾羅(きんしゅうりょうら)」にも注目。染織文化が成熟した隋・唐の時代の中国の影響で、7~8世紀の日本にはさまざまな染織品がもたらされ、国内の染織技術も向上しました。展示室では法隆寺に伝わった「法隆寺裂」、東大寺の正倉院に伝わった「正倉院裂」などを展示。滅多に公開されない千数百年前の断片、とても貴重なものです。
庭のカキツバタも見ごろを迎えていました。こちらは展覧会鑑賞の後に、お運びください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年4月21日 ]