江戸時代から現在まで続く和紙の老舗「はいばら」を紹介する展覧会が、三島の佐野美術館で開催中です。
「はいばら」の開業は1806年。日本橋に「雁皮紙(がんぴし)」の暖簾を掲げ、良質な和紙を扱う店としてスタートしました。「雁皮紙」とは、栽培の難しい雁皮の樹皮から作られる、なめらかな光沢のある和紙のことです。

会場入口
「はいばら」は、図案を描く浮世絵師や版を彫る彫師、摺師ら優れた職人を多く抱え、上質な美しい千代紙を販売し、江戸中の人気となりました。
千代紙とは、和紙に木版摺りで模様をほどこしたもので、大名家の女中などに愛用されていました。その使い道は、包装紙として用いたり、畳紙や人形の衣装に使うなど、女性の嗜みの一つとして愉しまれていきました。

「はいばら」三代目当主の榛原直次郎は、“生活の中に優れた芸術を取り入れたい”という強い思いから、交流のあった芸術家に千代紙の下絵を依頼します。作家たちのデザインは人気を博し、千代紙と言えば「はいばら」と評判になりました。
そんな三代目と交流のあった作家の一人が、河鍋暁斎です。浮世絵や狩野派を学び、花鳥画から風刺画まで独自の画風で数多くの作品を残した暁斎。画家ならではのダイナミックな構図と鮮やかな色合いの千代紙が多く残っています。

河鍋暁斎
巧みな筆さばきで、明治期の日本画を牽引した川端玉章。優れた色彩と意匠の千代紙十種も「はいばら」から発行されました。

展示風景 川端玉章による千代紙

展示風景 (左手前)千代紙〈柏に松葉〉下図 川端玉章
女性の身の回りの化粧品や装身具を“小間物”と言いますが、その中でも紙製品を“小間紙(こまがみ)”と呼びます。「はいばら」では、千代紙のほかにも懐紙や書簡箋、封筒などの小間紙も扱っています。硬貨の大きさによって大小サイズの異なるポチ袋や、進物や贈答品に添える熨斗など、“小間紙”の繊細なデザインは、日常使いの中でも女性たちが愉しむことができる大切なアイテムです。

御祝儀袋十二ヶ月
歌や句にを書きつける短冊のうち、絵入りのものを絵短冊と言います。十二ヶ月の風物が描かれた絵短冊は、12枚のセットとして売り出されました。漆工家・絵師として活躍した柴田是真の図柄は、粋で大胆なデザインが特徴です。
花鳥画を得意とした是真の門人の綾岡有真をはじめ、是真一派の図案は特に多く販売。洒脱なデザインは長く人々に愛され、是真による「花くらべ」の図案は、現在の商品にも使われています。

《十二ヶ月絵短冊 第六編》綾岡有真
明治38(1905)年、工芸図案や意匠の発展を目的とした雑誌『技藝乃友』が創刊されます。これからの日本の美術工芸品を世界に輸出していく必要性を感じた三代目が、工芸デザイナーを育てるための手本となるようにと、発行されたものです。
51号まで発行された雑誌の中には、川端玉章による千代紙十種も紹介されています。

『技藝乃友』
雁皮紙と並ぶ人気商品だったのは、木版摺りの団扇です。毎年4月14日の「団扇初めの日」には、夏の風物詩というほど、多くの人がその年の新作団扇を求めたそうです。
団扇の下絵は一流の画家たちに依頼。江戸期には酒井抱一や渡辺崋山、幕末明治期には河鍋暁斎や柴田是真、大正以降は川瀬巴水や竹下夢二など、人気だったことが納得のそうそうたる顔ぶれです。
会場では、酒井抱一と柴田是真が下図を手がけた団扇を展示されています。

団扇絵と団扇
本展では、佐野美術館で毎年の恒例の雛人形も展示しています。仁杉家の極小雛飾りは、明治以降に国内外のコレクターのもとを点々とした後、佐野美術館に収蔵されたもの。ひとつも欠けることなく現在まで伝わったことから、精巧な雛人形の世界が大切にされてきたことが分かります。

仁杉家旧蔵雛飾り
展覧会を鑑賞後に必見なのがミュージアムショップです。会場でも展示のあった河鍋暁斎の絵柄の和紙風ミニクリアファイルや、レターセット、御朱印帳が色鮮やかに並んでいます。

ミュージアムショップ
家にいる時間の増えた近頃、お気に入りの柄の千代紙を額装して飾るだけでも、部屋を明るくお洒落な空間に変えてくれるかもしれません。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2021年2月19日 ]