加彩猿置物角倉一方堂 江戸時代~明治時代(19世紀)
京都市立芸術大学芸術資料館角倉一方堂は、名は玄寧といい、京都の町衆だった。嵯峨の角倉別邸に設けた窯で陶器を焼いたという。高橋道八(1783-1855)、永楽保全(1795-1854)ら時の名工を招いて作陶を学び、茶器、酒器などの陶器や、楽焼を制作したと伝えられる。器には一方堂の印があり、作風は道八との関係をうかがわせる。また、一方堂焼は、玄寧が三代道八(1811-79)に差配させて五条坂の陶工に作らせたものともいう。
担当者からのコメント:ユーモラスでかわいらしい猿の置物ですが、毛並みや表情は細やかで写実味があり、鳴き声も聞こえてきそうです。ちゃんちゃんこを着ているところが猿回しを連想させて、より親しみやすい印象をもたせる作品です。