入口風景
名作アニメ「フランダースの犬」の最終回で、主人公ネロが一目見たいと望み続けた絵画の前で愛犬パトラッシュとともにこと切れるという印象的な場面がありました。
その舞台となった聖母大聖堂の祭壇画の作者こそ、ルーベンスです。
世界的に偉大な画家としての評価の高さの割に、日本人にとって身近に感じられないことのひとつに、宗教をテーマにした作品が多いこともあるのかもしれません。
ルーベンスの生きた時代は、カトリックとプロテスタントの攻防の激しい時。
文字の読めない庶民にカトリックのすばらしさを理解させるために、ドラマティックでわかりやすい宗教画が必要でした。それがカラバッジョからルーベンスへと続くバロック美術の意義です。
宮廷から認められたほどの教養人であったルーベンスは、豊富な知識をもとに教義を人々に絵画で表現していきました。
(左から)ペーテル・パウル・ルーベンス《眠る二人の子供》 1612-13年頃 国立西洋美術館/ ペーテル・パウル・ルーベンス《幼児イエスと洗礼者聖ヨハネ》1625-28年頃 フィンナット銀行
宗教画や物語画の登場人物を描くには、人物描写の巧みさが必須です。
展覧会の初めの部屋では、子供たちを描写した絵が3枚ほど続きます。
西洋人特有のバラ色の頬を持つ子供たち。
あまりの愛らしさに頬を寄せたくなってしまうほどです。
ペーテル・パウル・ルーベンス《髭をはやした男の頭部》1609年頃 コルシーニ宮
こちらの絵は、同じ人物を3方向から描いたものの一枚だそうです。
大画面での物語表現をするために人物の描き方を鍛錬していたようです。
巻き毛や髭の筆運びがスムーズで、質感がリアルに伝わってきます。
ペーテル・パウル・ルーベンス《法悦のマグダラのマリア》1625-28年 リール美術館
多くの画家がテーマとして描いてきたこちらの《法悦のマグダラのマリア》。
キリスト教に詳しくない私にとって「法悦」という状況はなかなかピンとこないのですが、信仰によって霊的な体験をしたということだそうです。
それをぐったりとして生気のない様子で描いたこちらの作品は迫真の表現です。
(左から)ペーテル・パウル・ルーベンス《「噂」に耳を傾けるデイアネイラ》1638年 サバウダ美術館 / 《ヘラクレスの頭部》2世紀 カピトリーノ美術館 / ペーテル・パウル・ルーベンス《ヘスペリデスの園のヘラクレス》1638年 サバウダ美術館
観覧者との比較でどれほどの大画面かがお分かりいただけると思います。
当時はこれらの絵画が壮麗な教会や宮殿の中に飾られていたのでしょう。
まるで動きを瞬間で止めたような肉体や衣の躍動感。
画家を志したネロが憧れたというエピソードにあるように、人々に憧憬と畏敬の念を抱かせます。
(いずれとも)ペーテル・パウル・ルーベンス《マルスとレア・シルウイア》1616-17年 リヒテンシュタイン侯爵家コレクション
このように大きな作品の注文が次々とあったため、大規模な工房での作業は必然となります。
ルーベンスは工房の職人たちに的確に指示を出し、入念にチェックをしてクオリティーの高いものへと仕上げていったそうです。
絵が巧みであるという芸術家の側面に加え、人を率いるリーダーとしての力量も兼ね備えていたことが想像できます。
ペーテル・パウル・ルーベンス《エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち》1615/16年 リヒテンシュタイン侯爵家コレクション
キリスト教で知られた一場面を、まるで今そこで起こったかのように迫力ある大画面で描いたルーベンス。
その画力の確かさは、キリスト教をよく知らない私にも真に迫って伝わりました。
でももっと聖書の事を知っていたら、より楽しめることでしょう。
西洋美術を深く知るために、勉強を深めてみたいなとも思いました。
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松田佳子
湘南在住の社会人です。子供の頃から亡き父のお供をして出かけた美術館は、私にとって日常のストレスをリセットしてくれる大切な場所です。展覧会を楽しくお伝えできたらと思います。
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