特撮を見て育った世代といえる庵野秀明さん(1960年生)。映像クリエイターとして活躍している原点には、幼少の頃から親しんだ特撮も大きく影響していますが、残念ながら日本の特撮美術は大きな岐路に立たされています。
ミニチュアや着ぐるみ使った撮影はCGで作った映像に置き換えられ、かつて使われたミニチュアも次々に廃棄されているのです。
冒頭は「海底軍艦」や「宇宙大戦争」などの映画の資料から
特撮映像の面白さを伝え、遺し、未来に繋げたい。庵野さんの願いが形になったのがこの企画展です。副館長も「マニアあがり」ほ自負する特撮監督の樋口真嗣さん(1965年生)。会場には映画・TVで活躍したミニチュアやデザイン画などが一堂に集まりました。
展示物はデザイン画、映画ポスター、図面、マスク、着ぐるみ、建物のミニチュア、戦闘機や武器など。破損していたミニチュア類は、当時の図面や写真をベースにし、可能な限り当時と同じ作り方で修復されました。考古資料の展示と同様の熱い情熱が、特撮の資料に注がれています。
ウルトラシリーズの戦闘機など ©円谷プロ
過去を懐かしむだけではありません。この展覧会のために特撮映画を新たに制作し、その特撮手法を紹介するという大きな仕掛けもあります。
つくられた映画は「巨神兵東京に現わる」、宮崎駿さんの「風の谷のナウシカ」に登場する巨神兵が題材です。庵野秀明さんが企画し、樋口真嗣さんが監督しました。
映画は9分強の短編ですが、「昭和平成の時代に培われてきた往年の特撮技術と最新の技術を組み合わせた“大スペクタクル特撮映画”」(図録から)という大迫力。巨神兵が東京を火の海にしていきます。
「巨神兵像」竹谷隆之作 ©2012 二馬力・G
会場の最後も驚きの構成。約16メートル四方のサイズで、ミニチュアのステージが展示されています。路上には戦車、奥には折れ曲がった東京タワー。今にも怪獣が登場しそうな街が足元に広がります。
そして嬉しいことに、ミニチュアステージは撮影可能。ぜひカメラ持参で来館して、特撮の世界を垣間見てください。
細部まで忠実に再現されたミニチュアステージ
「巨神兵東京に現わる」のメイキング映像も紹介されていましたが、印象的なのは樋口さんをはじめとするスタッフの笑顔です。
風船に粘液を入れて爆発させた、ビルの溶解シーン。爆風での崩壊は「伊原さんコナゴナ方式」と「テンパーガラス方式」を両方を採用。シーンを撮り終えた後の歓声と満面の笑顔は、見ていて羨ましく感じられるほどでした。
庵野さんも樋口さんも「来館した人が“自分もやりたい”と思わせたい」と語ります。「MOT(東京都現代美術館)で見た“特撮博”がきっかけでこの世界に入りました」というクリエイターが現れる日を、心待ちにしたいと思います。(取材:2012年7月9日)