日本で古くから親しまれてきた四季折々の美しい自然。季節によって表情を変える「水」と「月」をテーマに、皇室ゆかりの美術品を紹介する「花鳥風月 ― 水の情景・月の風景」が皇居三の丸尚蔵館ではじまりました。
会場内では「水のかがやき、月のきらめき―工芸品」と「水と月、四季のうつろい―絵画と書跡」に分けて名品が並んでいます。ここでは、いくつかの作品を紹介していきます。
皇居三の丸尚蔵館 会場入口
最初の展示室には、江戸時代から大正時代の漆工や金工などの工芸品が並んでいます。まず紹介するのは、江戸時代につくられた蒔絵棚。琵琶湖南部にある景勝地は、中国の8つの景勝地「瀟湘八景」になぞらえて「近江八景」と名付けられました。書棚の上部の引戸には、近江八景の石山秋月の情景が煌びやかな蒔絵で表現されています。
《近江八景蒔絵棚》江戸時代(18世紀)
技法を金属の素地にガラス質の釉薬をほどこす「七宝」を用いて、水墨画のように墨の濃淡を表現した作品。パリ万国博覧会へ出品のため、明治天皇の御下命を受けて作られたもので、月に照らされ薄靄のかかる水辺や樹景を300種以上の釉薬を用いて表現しています。
隣の作品、桜が咲きはじめた春の京都・嵐山を友禅染と刺繍で表した掛幅には、桂川にかかる渡月橋の上と手前の人力車で傘をさす人々の様子がみえます。親子が傘を閉じ、雲の合間からは晴れ間がのぞき、雨が上がる様子が窺えます。
(左から)《塩瀬友禅に刺繍嵐山渡月橋図掛幅》明治20年(1887)頃 / 《七宝墨画月夜深林図額》濤川惣助 明治32年(1899)
古代風の薄衣を身につけた女性の彫刻。長柄の団扇をもって静かにたたずむ姿は、夏の夕涼みとともに、月の出を眺めているようです。女性の後ろに立ち、視線の先に目を向けると朧月夜を見ることができます。
《夕月》藤井浩祐 大正11年(1922)
《夕月》藤井浩祐 大正11年(1922)
古くから日本では、仏画をはじめとした宗教画などを筆頭に絵画が伝わってきました。隣の展示室では、四季のなかでの雨、滝、月を現した絵画作品が並んでいます。
雨上がりの移りゆく大気の様子を捉えた風景画は、川合玉堂による作品です。自然の中にある人の営みが感じられる雨具の笠と蓑を身につけた漁師に、空には湿った空気に溶け込むように虹がかかっています。
《雨後》川合玉堂 大正13年(1924)
じゃれ合う2匹の狐に寝入っている狐、中央には秋の終わりを予感させる枯れた茄子が描かれている《秋茄子》。背景の独特な色調から時雨降る夕暮れ時を表していることがわかる、動物画を得意とした西村五雲の代表作です。
《秋茄子》西村五雲 昭和7年(1932)
皇居三の丸尚蔵館は昨年に開館して以来、度々公開されていたのが伊藤若冲の国宝《動植綵絵》です。若冲が10年の歳月をかけて制作した30幅の中から、今回は「月」が登場する1幅を展示。早春の夜に皓々と光る満月によって照らされている白梅。枝や幹の苔の色使いと緻密さから、若冲らしい筆遣いが感じられます。
国宝《動植綵絵 梅花皓月図》伊藤若冲 江戸時代(18世紀)
上村松園の名作《雪月花》三幅対の公開も見どころのひとつです。典雅な平安の宮中文化を題材に、四季の中で最も美しいとされる3つの風物、春の桜、秋の月、冬の雪を、自然を愛でる女性たちの姿とともに表現。大正天皇の后である貞明皇后の御下命を受けて制作されたものです。
《雪月花》上村松園 昭和12年(1937)
会場は一部を除き、撮影も可能です。また、会期中の9月27日、10月18日には研究員による解説付きの特別鑑賞会(事前予約制)も開催予定。美術館が閉館した後の夜間時間帯で、スペシャルなひと時を過ごすことができそうです。
※出品作品はすべて皇居三の丸尚蔵館蔵
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2024年9月10日 ]