まるで本物かのような新聞紙やダンボール、空き缶。現代美術家・三島喜美代(1932-)は、これまで陶土を用いて数々の写実的な立体作品を生み出してきました。
キャリア70年を超える三島の創作の軌跡をたどる大規模な展覧会が、練馬区立美術館で開催中です。
練馬区立美術館「三島喜美代―未来への記憶」会場入口
会場は4つの章で構成。1階の展示室、第1章では、初期作品が並びます。
1950年代に美術家として活動をスタートさせた三島。当時の日本で注目を集めていたのは、存在しないような形体によってつくられる空間構成で生み出されたアンフォルメル風の絵画でした。三島も夫である茂司の影響で抽象絵画に触れ、油彩画にコラージュを取り入れた作品製作を行います。
第1章「初期作品 1950年代~1970年頃」 (左から《Untitled》1970-71年 アクリル絵具、シルクスクリーン、カンヴァス 《ヴィーナスの変貌V》1967年 新聞、アクリル絵具、シルクスクリーン、合板)
1960年代半ばになると、シルクスクリーンによる転写と油彩を組み合わせたポップアート的な展開もみせます。茂司が集めていた馬券や出走表など、身近なものを用いたコラージュ作品も制作。レース後にはゴミとなるものを貼り合わせ、幾何学模様を構成しています。
1970年頃になるとくしゃくしゃになった新聞紙に注目し、印刷物を陶を使って立体化する試みを独自ではじめた三島。ここから代名詞である作品群「割れる印刷物」が誕生します。
第1章「初期作品 1950年代~1970年頃」 (左から《メモリーIII》1971年 馬券、油彩、カンヴァス 《作品68-A》1968年 油彩、カンヴァス)
《Package'74》1973~74年 滋賀県立陶芸の森 陶芸館 陶、転写、彩色
「情報の化石化」と三島が呼ぶ立体作品は、土を紙のように薄くのばし、シルクスクリーンや手彩色によって陶土の表面に新聞やチラシの文字を転写させ、焼成させてできています。
第2章「割れる印刷物 1970年頃~」(《リーフレット(赤・青)》2007-08年 陶、転写、彩色 岐阜県現代陶芸美術館 ほか)
一見ユニークに見えるチラシやコミック、段ボールや飲料ボトル作品ですが、三島にとっては日々大量に作られては捨てられる情報洪水の危機や不安を再認識させることへの挑戦でもありました。
第2章「割れる印刷物 1970年頃~」 (左から《WORK C-92》1991-92年 陶、転写、彩色 岐阜県現代陶芸美術館 《閉じ込められた情報 B・C》1989年 陶、転写、コンクリート、鉄 個人蔵)
身近なゴミを題材に陶で再現する一方で、環境への意識を高めていた三島は、再生素材であるガラス状の粉末(溶解スラグ)や廃土を混ぜた土から制作も行うようになります。
誰かの読みかけのようにも見える開いたまま放置されたコミックブック。高温で容解し固化させた巨大なコミックは、三島の作品の中でも最大級の大きさです。
第3章「ゴミと向き合う」(《Comic Book 03-1》《Comic Book 03-2》いずれも2003年 溶融スラグ、転写、彩色 ポーラ美術館 《Comic Book 03-3》2003年 溶融スラグ、転写、彩色 個人蔵)
展示作品の中でもっとも新しい2022年の作品は、ブリキ缶や鉄くず、廃車のパーツなど以前から収拾していた廃材を取り留めていたもの。一部を塗り直し、文字を描き、パーツを組み合わせたこの作品は、ごみを社会の現実の反映ととらえたもので、三島は「ごみと遊んでいる」という表現をしています。
第3章「ゴミと向き合う」(《Work 22-P》2022年 陶、転写、鉄、アルミ、木、ポリプロピレン 個人蔵)
最後の展示室に床一面に広がっているのは、使い古した耐火レンガを1万個余りを敷き詰めた巨大なインスタレーション。
レンガの表面一つ一つに転写されている20世紀の新聞記事から、記憶の断片が視覚化されるとともに、時代に向き合ってきた三島の記憶も刻まれているように感じられます。
第4章「大型インスタレーション」(《20世紀の記憶》1984-2013年 耐火レンガに転写 個人蔵)
第4章「大型インスタレーション」(《20世紀の記憶》1984-2013年 耐火レンガに転写 個人蔵)
会場内には「さわれる」コーナーも設置されています。空き缶そのものとは異なる、陶の質感や重さを体験することができます。展覧会は巡回せず、練馬区立美術館のみでの開催です。
「さわれる」コーナー
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2024年5月18日 ]